EP 15
「地球は危険指定区域」宇宙人が震え上がる
太陽系外縁部。
暗黒の宇宙空間に停泊する、銀河帝国第七艦隊の超巨大旗艦『メテオラ』のブリッジにて。
「……司令官! 目標惑星(地球)の大気圏に突入した探査型質量兵器ですが……軌道が、反転しました!!」
六つの目を持つエイリアンのレーダー手が、触手を震わせながら絶叫した。
艦長席に座る司令官は、葉巻型の栄養カプセルを床に落とした。
「なんだと!? 反転だと? 我が軍の誇る質量兵器が、野蛮な未開惑星の防衛網ごときに撃ち落とされたというのか!?」
「ち、違います! 撃ち落とされたのではありません! そのままの質量で……いや、投下時よりも遥かに強大なエネルギーを伴って、こちらへ『跳ね返って』きています!!」
「はァァァァッ!?」
司令官がメインモニターを睨みつける。
そこには、地球に向けて投下したはずの真っ黒な巨大隕石が、赤い尾を引きながら、光を越えるような恐ろしいスピードで逆走してくる映像が映し出されていた。
「バ、バカな! ありえん! 質量兵器の運動エネルギーを180度反転させるなど、ブラックホールクラスの重力干渉がなければ不可能だぞ! 直ちに激突時の映像を解析しろ!!」
『ハッ! 映像、出ます!』
メインモニターに、隕石が地球の地上に激突する寸前の、超高倍率の拡大映像が再生される。
そこに映っていたのは――。
日本の木造アパートの庭先で。
エプロンを着た地球人が。
先端にヒモの束がついた原始的な棒(水拭きモップ)を、野球のバットのように振り抜く姿だった。
カキィィィィィィィィィィンッ!!!!
映像は音声を持たないはずだが、ブリッジの全員の脳内に、その絶望的な打撃音が響き渡った気がした。
「「「…………」」」
沈黙。
宇宙の覇者たるエイリアンたちは、六つの目を限界まで見開いて硬直した。
「……し、司令官。解析結果が出ました」
レーダー手が、ガチガチと歯を鳴らしながら報告する。
「あの地球人が持っている原始的な棒……あれは恐らく、星の概念そのものを叩き割る『宇宙創世級のアーティファクト』です! そしてあのエプロン姿の生命体は……銀河の破壊神の化身に違いありません!!」
「……」
「たった一振りの棒きれで、我が軍の最終兵器をピンポン球のように打ち返すなど……。もしあの男が本気で棒を振り回せば、銀河系など数秒で塵に還ります!」
司令官は、ワナワナと全身を震わせ、そして――ブリッジの通信マイクを乱暴に掴み取った。
「ぜ、全艦隊に告ぐ!! 直ちにワープドライブを起動! この宙域から全力で撤退しろォォォッ!!」
司令官の悲痛な叫びが、艦隊全域に響き渡る。
「あの青い星はヤバい! 絶対に関わってはならない『超危険指定区域(クラスSSS)』だ! 絶対に、あのエプロンの破壊神の視界に入るな! 銀河の果てまで逃げろォォォッ!!」
ギュオォォォォォォンッ!!
間一髪。跳ね返ってきた巨大隕石が旗艦の横をかすめていくのと同時に、宇宙艦隊は光の彼方へと逃げ去っていった。
こうして、地球が宇宙の歴史から消滅する未曾有の危機は、一人の清掃員の『洗濯物を汚されたくない』という怒りによって、誰に知られることもなく回避されたのである。
◇
一方、その頃。
地球、日本、東京都某所。
アパート『ひまわり荘』の地下1階、オリハルコン製の高級リビングルームにて。
「んー! 美味い! やっぱりカレーは最高だな!」
俺、九条湊は、スプーンいっぱいにすくったカレーを頬張り、満面の笑みを浮かべていた。
テーブルには、大皿に盛られたカレーライスがズラリと並んでいる。
「トレビアン! 王の育てた『神殺しトマト』の酸味と、我が剥いたジャガイモの甘みが、極上のハーモニーを奏でております!」
エプロン姿の聖騎士ジャンが、感動の涙を流しながら解説する。
彼はすでに剣を捨て、この厨房の副料理長(主に野菜の皮剥き担当)として生きる決意を固めていた。フランスの国家予算10%が振り込まれる日も近い。
「おかわり! 大盛りでお願いするぜ、Boss!」
「ジャックさん、もう5杯目ですよ!? 私にも残しておいてください!」
「んふぅぅ……このトマトカレー、食べると全身の魔力が爆発しそうです……幸せ……」
アメリカ最強の筋肉ダルマ、北欧の氷の女帝、そしてロシアの元・凄腕暗殺者(現・優秀なパートタイム農婦)。
世界の頂点に立つエリートたちが、俺の作った家庭のカレーを奪い合うように食べている。
「お兄ちゃん、これ本当に美味しいね! 明日のお弁当にも入れてよ!」
「おう、いいぞ。ジャガイモはジャンがいっぱい剥いてくれたから、明日はコロッケにでもするか」
俺は、キンキンに冷えた麦茶を喉に流し込み、大きく息を吐いた。
宇宙規模の危機が去ったことなど微塵も知らない俺の心の中は、今夜のカレーの出来栄えと、明日の献立のことで満たされていた。
(いやー、やっぱり自家製野菜はいいな。食費も浮くし、みんな喜んで食べてくれるし)
俺は、満腹になって幸せそうに笑う多国籍な居候たちを見渡した。
最初は六畳一間で酸欠になりかけたが、地下を増築して農園を作ったおかげで、随分と快適な生活になったものだ。
「よし、今年の夏は、この調子でキュウリとナスも育ててみるか」
窓(地下なのでフェイクだが)から差し込む人工太陽の光を浴びながら、俺は次の家庭菜園の計画に胸を膨らませる。
今日も九条独立国は、すこぶる平和であった。




