EP 14
宇宙から『隕石(不法投棄)』が落ちてきたので、モップで打ち返す
よく晴れた、日曜日の昼下がり。
アパート『ひまわり荘』の前の狭い庭では、のどかな日常風景が広がっていた。
「Hahaha! 布団叩きはリズムが命だぜ! サンダー・ビート!」
「ジャックさん、布団が焦げるから雷魔法で叩くのやめてってば!」
全米No.1ヒーロー(布団叩き係)が轟音を立て、未緒がツッコミを入れる。
その横では、銀髪の美少女スパイ・アーニャがせっせと洗濯物を干し、フランスの聖騎士ジャンが純白のエプロン姿で本日の夕食のジャガイモを剥いている。
「ふぅ。シーツも真っ白になったし、今日は絶好の洗濯日和だな」
俺は、洗い立てのシーツをパンパンと伸ばしながら、青空を見上げて目を細めた。
地下に巨大な帝国(農園)ができても、俺はやっぱり太陽の下で干す洗濯物が一番好きだ。柔軟剤のいい香りが風に乗って心地よい。
――だが、その平和な午後は、突如として鳴り響いた『不協和音』によって切り裂かれた。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!!!
「ん? なんだこのサイレン? 防災無線か?」
俺が首を傾げた瞬間。
青かった空が、唐突にドス黒い赤色へと染まり始めた。
太陽の光が遮られ、アパートの周囲に巨大な影が落ちる。
「……Boss。空が、燃えてるぜ」
ジャックが布団叩きを止め、サングラスをずらして上空を睨みつけた。
アーニャも、ジャンも、手作業を止めて空を見上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
雲を突き破り、大気圏の摩擦熱で真っ赤に燃え盛る『巨大な岩塊』が、一直線にこちらへ向かって落下してきていた。
直径はおよそ数百メートル。
しかし、その岩塊からは、ただの隕石ではない、おぞましい『未知の魔力波長』が放たれていた。
「……な、なんだアレは!? 自然の隕石ではない! 人工的……いや、地球外のテクノロジーで圧縮された、超高密度の質量兵器だぞ!」
ジャンが青ざめ、ジャガイモを落とした。
アーニャが持っていたスパイ用の通信端末から、ロシア本部の絶叫が漏れ聞こえてくる。
『アーニャ! 逃げろ! 地球外生命体の探査兵器(隕石)が、地球上で最もエネルギー濃度の高い場所――九条独立国をピンポイントで狙って落下している!! 迎撃不可能! 着弾すれば日本列島が消滅するぞ!』
「ろ、ロシアの弾道ミサイル防衛システムでも防げないんですか!?」
『不可能だ! 硬度と質量が規格外すぎる! 人類は……終わるんだ……!』
絶望。
世界最高の暗殺者も、フランスの聖騎士も、全米最強のヒーローでさえも。
宇宙という絶対的なスケールから放たれた『質量兵器』の前では、ただの無力な人間に過ぎなかった。
「……Boss、逃げよう。地下100階層のオリハルコン・シェルターなら、あるいは……!」
ジャックが俺の肩を掴もうとした。
だが。
「……おい」
俺は、燃え盛る隕石を見上げたまま、低い声で唸った。
「誰だ。上の階から、あんなデカい『粗大ゴミ』をポイ捨てした奴は」
「「「…………え?」」」
ジャックたちが、間抜けな顔で俺を見た。
「いや、どう見ても粗大ゴミだろ。真っ黒に焦げてるし、大気汚染物質(未知のウイルス)みたいなのも撒き散らしてる」
俺は、干したばかりの真っ白なシーツを見た。
隕石がもたらす熱風と黒い灰が、ヒラヒラとシーツに降り注ごうとしている。
「……せっかく綺麗に洗ったシーツが、灰で汚れちまうだろうが!!」
俺の頭の中で、オカンの堪忍袋の緒が完全にブチ切れた。
日本列島消滅? 知るか。
俺にとって今一番重要なのは、この完璧な仕上がりの洗濯物を汚されないことだ。
俺は、庭の隅に立てかけてあった『モップ(水拭き用)』を手に取り、大きく足を開いて構えた。
まるで、バッターボックスに立つ4番打者のように。
「な、九条さん!? モップで何を……!?」
アーニャが悲鳴を上げる中、俺は落下してくる隕石の『軌道』と『重心』を瞬時に見極めた。
対象:上空より落下中の『不法投棄物(隕石型兵器)』。
処理:運動エネルギーのベクトルを180度反転させ、元の持ち主の元へ『返却(返品)』する。
「他人の家の庭に……ゴミを捨てるなァァァッ!!」
俺は、渾身の力を込めてモップを大上段から振り抜いた。
「――『解体』!!」
カキィィィィィィィィィィンッ!!!!
モップの先端が、虚空を叩いた。
その瞬間、俺のモップから放たれた『解体の衝撃波』が、大気をぶち抜き、上空の隕石のド真ん中にクリーンヒットした。
ピタッ。
隕石が、空中で完全に静止した。
凄まじい運動エネルギーが、モップの衝撃波によって相殺され、そして――『反発』した。
ドギュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
飛んできた時よりも遥かに速い、光のような速度。
隕石は、赤い尾を引いて大気圏を逆走し、文字通り『宇宙の彼方(元の持ち主の場所)』へと弾き返されていった。
あまりの風圧で、空を覆っていた分厚い雲が、綺麗な円形にポッカリと穴を開けて吹き飛んでいる。
「……ふぅ。危ない危ない。シーツに灰がつくところだった」
俺は額の汗を拭い、素振りを終えたバッターのようにモップを肩に担いだ。
「「「…………」」」
庭は、水を打ったような静寂に包まれていた。
ジャックはサングラスを口に咥えて落とし、カレンは祈るように手を組み、アーニャは白目を剥いて気絶寸前。
ジャンに至っては、ジャガイモを握りつぶして石化している。
「……お兄ちゃん。今、隕石……打ち返した……?」
「うん? ああ。マンションの上からゴミ投げるマナーの悪い奴がいるみたいだから、投げ返してやったんだよ。まったく、最近の宇宙人(ご近所さん)はモラルがなってないな」
俺は呆れたように首を振り、シーツのシワを伸ばし直した。
「さて、シーツも乾きそうだし、ジャンさん、ジャガイモ剥き終わったらカレーの準備して!」
「……ゥ、ウィ、シェフ(はい、料理長)……!」
ジャンが涙声で返事をする。
こうして、地球に飛来した未曾有の危機は、アパートの庭先での「ゴミの投げ返し(ホームラン)」によって、5分で解決された。
この一撃が、宇宙の彼方で地球侵略を企てていた宇宙帝国に、どれほどの絶望と恐怖を与えたのか……俺が知る由もなかった。




