EP 13
聖騎士もスパイも、みんな胃袋を掴まれて『住み込み』になる
「タマネギの細胞膜を……分子レベルで切断しているだと……!?」
アパートの102号室。
フランスが誇る最強の聖騎士ジャン・ル・ブランは、エプロン姿(鎧の上から無理やり着せられている)で、まな板の上のタマネギと格闘していた。
彼の手には、先ほど湊に「サビ落とし」されてただの白い包丁(超絶神滅剣)と化した国宝デュランダルが握られている。
「トレビアン……! 涙が全く出ない! これほどの切れ味、我が国の三ツ星シェフの愛刀すら赤子も同然……!」
タタタタタタタッ!
ジャンの剣技(Sランク)と、分子すら両断するセラミック包丁が合わさった結果、タマネギは瞬く間に透き通るような美しい「極小みじん切り」へと変わっていく。
「おお、さすが騎士様。剣さばきが綺麗だな。じゃあ次、その鍋の『アク取り』頼むわ」
「ウィ、シェフ(はい、料理長)!!」
ジャンは完全に「有能なアシスタント」として機能していた。
本来は料理対決だったはずなのだが、湊のあまりにも自然なオカン的指示と、新生デュランダルの異常な使い心地に感動してしまい、自分が料理を作ることを完全に忘れているのだ。
「よし、トマトを入れるぞ。こいつは味が濃いから、余計な調味料はいらない」
俺は、アーニャが収穫してくれた『神殺しトマト』をざく切りにして鍋に放り込み、クラーケンのダシ(以前の残り)を加えた。
「仕上げは……やっぱり『掃除』だな」
グツグツと煮え立つ鍋。
その表面に浮いてきた僅かなアク(雑味)を、俺は菜箸の先でツンと突いた。
対象:スープ内の『エグみ』『雑菌』『不協和音(味のバラつき)』。
処理:完全なる濾過と、旨味成分のみの抽出。
「――『解体(パーフェクト・アク取り)』」
ポワンッ……!
鍋の中から、まるで天使の輪のような黄金色の光が立ち上った。
一瞬にしてスープの濁りが消え去り、宝石のように透き通った真紅のミネストローネが完成する。
キッチン中に、嗅いだだけで寿命が延びそうな暴力的なまでの芳醇な香りが充満した。
「……な、なんだ、この香りは……!」
アシスタントのジャンが、お玉を持ったままワナワナと震え出した。
「よし、完成。さっそく味見してみてよ、ジャンさん。対決の審査員も兼ねてさ」
「……我は、誇り高きフランスの騎士……! 極東の家庭料理など、認めるわけには……!」
ジャンは震える手でスープ皿を受け取り、スプーンで一口すくって、口に運んだ。
ゴクリ。
…………。
カシャンッ。
ジャンの手からスプーンが滑り落ち、キッチンの床に甲高い音を立てた。
「……あ、ああ……」
ジャンの両目から、滝のような涙が溢れ出した。
「なんという……なんという優しさ……! 口いっぱいに広がる、大地の恵みと、海の王者の奥深い旨味……! そして、一切の雑味を許さない、完璧で究極の『清浄』な味わい……!」
ジャンの脳内に、幻覚が見えていた。
フランスの美しい田園風景。そこで微笑む豊穣の女神。
そして何より、Sランク探索者として長年蓄積されていた体の奥底の『呪い』や『疲労』が、神殺しトマトの生命力によって一瞬にして浄化され、細胞が若返っていく強烈な快感。
「負けだ……! 我が国の三ツ星フレンチを束ねても、この『究極の家庭料理(神のスープ)』には遠く及ばない……!」
ジャンは、鎧をガシャガシャと鳴らして、俺の足元に崩れ落ちた。
そして、床に額を擦り付ける。
「王よ!! どうか、我を貴方の弟子にしていただきたい!! 剣など捨てて構わん、今日から我は、この厨房のジャガイモ剥き係として生きていく!!」
「え? いや、料理対決はどうなったの?」
「我の完全敗北である!! 約束通り、フランスの国家予算の10%は、後日『九条独立国』の口座に振り込ませよう!」
なんか、また勝手に話が進んでいる。
国家予算10%って、何兆円だ? もう金銭感覚が麻痺してきてよく分からない。
「お兄ちゃーん! なんかいい匂いがするんだけど! お昼ご飯できたー?」
地下から、未緒とジャック、カレン、そして麦わら帽子のアーニャがゾロゾロと上がってきた。
「おお、ちょうどできたぞ。みんなの分もあるから座って……って、ちょっと待て」
俺は、足元で「ジャガイモ剥きます! ネギも刻みます!」と泣き叫んでいる金髪のイケメン騎士を見下ろした。
「ジャンさん。弟子入りってことは……あんたもうちに『住み込む』つもりか?」
「ウィ!! 九条農園の片隅に、テントでも張らせていただければ!」
「……」
俺は頭を抱えた。
ジャック(アメリカ最強)、カレン(北欧最強)、アーニャ(ロシア最強の暗殺者)。
それに加えて、ジャン(フランス最強の聖騎士)まで。
このボロアパート(地下100階建て)、気がつけば世界各国のトップエリートたちが集う、とんでもない多国籍シェアハウスになっていた。
「……お兄ちゃん。また面倒なフリーター(居候)拾ってきたの?」
「フリーターじゃない! 国家予算10%を持ってきてくれた、超絶VIPなジャガイモ剥き係だ!」
俺の苦しい言い訳に、未緒はジト目を向けた。
こうして、フランスの野望は一杯のミネストローネによって完全に粉砕され、九条家の食卓はさらに賑やか(カオス)になっていくのであった。




