EP 12
国宝の聖剣を『解体(研ぎ直し)』したら、高級包丁になりました
「いいから、ちょっと貸せ。そんなもん食材に向けたら、食中毒になるだろ」
俺は、フランスの誇るSランク聖騎士、ジャン・ル・ブランの手から、燃え盛る国宝・聖剣デュランダルをヒョイッとひったくった。
「なっ!? き、貴様! 我が国の至宝を素手で……熱くないのか!?」
「熱いっていうか、これ、生臭いぞ」
俺は鼻をつまんだ。
ジャンは『聖なる炎』と呼んでいたが、俺の目と鼻にはごまかされない。
数百年にわたって魔物や人間を斬り殺してきた歴史。その過程でこびりついた血肉、脂、そして呪いと怨念。それらが魔力と化学反応を起こして発火し、ドロドロのヘドロのように刀身にこびりついているのだ。
「こんな雑菌まみれの剣で肉を焼くなんて、衛生管理がなってない。フランスの三ツ星レストランは保健所の指導が入ってないのか?」
「雑菌だと!? 愚弄するな! それは神の加護による――」
「はいはい、加護加護。ちょっとそこで待ってて」
俺はジャンの抗議を適当に聞き流し、愛用のデッキブラシを構えた。
対象:刀身にこびりついた『酸化した血痕』『怨念』および『無駄な黄金の装飾(汚れが溜まりやすい溝)』。
処理:完全なる洗浄と、刃こぼれの修復(研磨)。
「――『解体(サビ落とし・除菌プラス)』」
俺がデッキブラシで刀身をゴシゴシと擦った瞬間。
シュワァァァァァァッ!!
まるで熱したフライパンに水をかけたような激しい音が響き、剣を包んでいた『聖なる炎(呪いのヘドロ)』が一瞬にして泡となって消滅した。
さらに、柄の部分にあったゴテゴテした黄金の装飾も、「洗いにくいから」という理由でツルンとしたシンプルな形状へと再構築されていく。
「な、何ィィィッ!?」
ジャンが目玉を飛び出させんばかりに驚愕する。
「よし、綺麗になった。これなら口に入れても安心だな」
数秒後。
俺の手の中にあったのは、燃え盛る黄金の聖剣ではなかった。
刀身は透き通るような純白に染まり、余計な装飾が一切ない、どこからどう見ても**『少し大きめのセラミック包丁』**へと姿を変えていたのだ。
「……あ、ああ……」
ジャンが膝から崩れ落ちた。
「我が国の……千年の歴史を誇る国宝デュランダルが……ただの、白い調理器具にィィィッ!?」
「いや、泣くことないだろ。めちゃくちゃ綺麗に研いでおいたから。ほら、試しに振ってみなよ」
俺はセラミック包丁(元・聖剣)を、へたり込んでいるジャンに手渡した。
「……こんなナマクラで、何が斬れるというのだ……!」
ジャンは涙目で包丁を受け取り、ヤケクソ気味に虚空に向かって軽く腕を振った。
スッ……。
音は、全くしなかった。
ただ、ジャンの振った包丁の軌跡に沿って、アパートの前に立っていたコンクリート製の電柱が、斜めに『ズレて』いた。
ゴトッ。
数秒のタイムラグののち、電柱の上半分が、まるでバターを切ったかのように滑り落ちた。
断面は鏡のようにツルツルに磨き上げられており、摩擦熱すら発生していない。
「「「…………」」」
ジャンも、後ろに控えていたフランスのSPたちも、そして近所の主婦たちも、全員が言葉を失った。
(……な、なんだこの異常な切れ味は!?)
ジャンの脳内で、騎士としての本能が警鐘を鳴らしていた。
(炎の魔力は完全に消え去った。だが、剣としての『純度』が極限まで高められ……いや、神の領域にまで昇華されている! この刃、空間そのものを分子レベルで切断しているぞ!?)
「おお、よく切れるな。包丁は切れ味が命だからな」
「……こ、これを、貴様は『研いだ』と言うのか……?」
ジャンは震える手で白い包丁を見つめた。
国宝の歴史と威厳は失われたが、武器としての性能は、かつてのデュランダルとは次元が違う。間違いなく、世界最強の『包丁』が誕生してしまった。
「よし、調理器具の準備もできたし、料理対決といくか」
俺は腕まくりをして、地下農園から持ってきたカゴをドンッと置いた。
中には、今朝採れたばかりの、ルビーのように輝く『神殺しトマト』が山盛りに入っている。
「フランスの騎士様。アンタが何を作ろうとしてたかは知らないけど、俺はこのトマトで『至高のミネストローネ』を作る。……腹ペコにして待ってろよ」
「……のぞ、望むところだ……ッ!」
ジャンは震える足で立ち上がり、セラミック包丁(超絶神滅剣)を構え直した。
すでに彼のプライドはズタズタだったが、美食の国の代表として、料理で負けるわけにはいかない。
アパートの前というシュールな空間で、世界最強の清掃員と、世界最高の騎士による、人類の胃袋(と国家予算)を懸けた料理対決が、静かに幕を開けた。
「あ、そうだ。ジャンさん。ネギ切るの早い?」
「……は?」
「ちょっとみじん切り手伝ってくれない? その包丁、目に染みないと思うから」
……対決と言いつつ、さっそく敵をアシスタント(下働き)扱いする俺であった。




