EP 8
「このお茶、疲労回復サプリですね!」毒を『解体』して美味しくいただく
「よし、これで純度100%の綺麗な紅茶になった。いただきます」
俺は、カップの中の赤い液体をゴクリと一気に飲み干した。
隣に引っ越してきた銀髪の美少女、アーニャさんが淹れてくれた特製のロシアンティーだ。最初はちょっとティーポットの洗い残し(猛毒)みたいな味がしたけど、俺の『解体』で不純物を飛ばしたから問題ないはず。
……コクン。
紅茶が喉を通る。
(さあ……三秒。三秒であなたの心臓は止まるわ。九条湊)
アーニャさんが、瞬きもせずに俺の顔を見つめている。
なんだろう、お茶の感想を待っているのかな?
一秒、二秒、三秒。
「――っ!」
俺はカッ!と目を見開いた。
全身の毛穴が開き、体の奥底から凄まじい熱量がブワァッ!と湧き上がってくるのを感じた。
「ぷはぁっ! ……うっま!!」
「……え?」
アーニャさんの口から、間の抜けた声が漏れた。
「いやー、アーニャさん! このお茶、すっごいね!」
俺は空になったカップをテーブルに置き、興奮気味に言った。
「ただのイチゴジャムかと思ったら、なんか高麗人参とか、色んな薬草の成分が濃縮されてるでしょ!? さっきの『エグみ(致死性の毒)』を濾過したら、めちゃくちゃ体にいい栄養ドリンクになったよ!」
実際、その通りだった。
ロシアの研究所が開発したという超致死性猛毒『皇帝の涙』。そのベースとなっていたのは、数千種類の希少な動植物から抽出された極限の生命エネルギーだったのだ。
俺が「人を殺すための毒素構造」だけをピンポイントで『解体』してしまったため、カップの中には純度100%の「超・疲労回復サプリメント」だけが残ったのである。
「最近、地下の増築とか、大統領の接待とかで肩凝ってたんだけど……一気にほぐれたわ。視界もクリアになったし。これ、毎日飲みたいくらいだよ!」
俺がぶんぶんと腕を回して見せると、アーニャさんは幽霊でも見たかのように顔面を蒼白にしていた。
(……濾過? エグみを濾過した……!?)
アーニャさんの脳内はパニックに陥っていた。
(無味無臭、絶対不可視の暗殺毒を、舌に乗せた瞬間に成分分析して、魔力で毒素だけを分解したというの!? しかも、致死量の毒を飲み干して『肩凝りが治った』ですって!?)
彼女の常識が崩壊していく。
これが、日米の首脳を屈服させた怪物。
あらゆる暗殺術が通じない、歩く理不尽。
「あ……は、はい。お口に合って……よかったです……」
アーニャさんは、引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯だった。
足がガクガクと震えている。
「あ、そうだ。お茶もらったんだし、引っ越しのご挨拶、うちからもお返ししなきゃね。ちょっと待ってて」
俺は立ち上がり、キッチンの冷蔵庫(地下から持ってきた)に向かった。
ご近所付き合いは大切だ。特にこんな可愛い留学生なら、日本の良さをアピールしておきたい。
「ちょうどいいのがあるんだ。さっき、俺が下の畑(地下50層)で採ってきたやつ」
俺は冷蔵庫から、真っ赤に熟れた『ソレ』を取り出し、アーニャさんの手にポンッと乗せた。
「……え?」
アーニャさんの顔から、さらに血の気が引いた。
(な、何あの赤黒い球体……!?)
彼女の手の上にあるのは、一見するとただのトマトだった。
だが、ロシア最高峰の暗殺者である彼女の『魔力感知(第六感)』が、けたたましい警報を鳴らしていた。
(果実の形をしているけれど……内包された魔力が異常すぎる! まるで、大質量のエネルギーを無理やり圧縮した小型爆弾……! うかつに噛み砕けば、私の体が内側から吹き飛ぶ!)
それは、ダンジョンの極上腐葉土と、邪神コア(空気清浄機)の純度100%マイナスイオンを浴びて育った、奇跡の産物――『神殺しトマト』だった。
「栄養満点だから、アーニャさんも食べてよ。自炊の手間省けるでしょ? 丸かじりするのが一番美味いから」
俺は屈託のない笑顔で言った。
(こ、これを食べろと!?)
アーニャさんは、トマトを持ったままブルブルと震え出した。
(私が毒を盛ったことへの意趣返し……!? 『お前が俺を殺そうとしたことはバレている。お前もこの毒入り爆弾トマトを食ってみろ』という暗黙の脅迫……!)
すべてを見透かされた絶望感。
だが、ここで拒否すれば、その瞬間に首を刎ねられるかもしれない。
この男は、それほど底知れない怪物なのだから。
「あ、ありがとうございます……九条、さん。大切に、いただきますね……」
アーニャさんは涙目になりながら、トマトを両手で包み込むように胸に抱いた。
喜んでくれたようで何よりだ。
「うんうん。足りなかったらいつでも言ってね。腐るほどあるから」
「……ヒッ」
アーニャさんは小さな悲鳴を上げ、「失礼します!」と逃げるように自分の部屋(103号室)へと帰っていった。
なんだか慌ただしかったな。引っ越しの片付けで忙しいのだろう。
「お兄ちゃん、あの子どうしたの? 顔真っ青だったけど」
「んー? ちょっとトマトの赤さに感動してたみたい。やっぱりうちの自家製野菜はクオリティ高いな!」
俺は、健康になった体でグッと背伸びをした。
隣人とも仲良くなれたし(勘違い)、いい一日になりそうだ。




