EP 6
独立国家には『特産品』が必要らしいので、家庭菜園を始めます
「……食費が、ヤバい」
アパート『ひまわり荘』――もとい、『九条独立国』の王座にて。
俺、九条湊は家計簿と睨み合いながら、深いため息をついた。
国連から独立国家として承認されて数日。
日本の総理大臣のおかげで、電気・ガス・水道・ネット回線、そして命綱であるゴミ収集は、すべて日本国持ちという超VIP待遇を受けている。
そこまでは完璧だった。
問題は、我が国の『国民』である。
「Boss! 朝のトレーニング終わったぜ! プロテイン代わりに生卵30個と、白米5合もらうぞ!」
「師匠! 朝食の準備ができましたわ! 本日は最高級の黒毛和牛を使ったビーフストロガノフです!」
地下リビングのキッチンから、アメリカンサイズの筋肉ダルマ(ジャック)と、金銭感覚がバグっているお嬢様の声が響く。
「……お前ら、少しはエンゲル係数ってものを考えろよ」
SSSランクとSランク。世界最強の二人だが、その分、燃費も最悪だった。
ジャックは文字通りバケツで飯を食うし、カレンは「師匠の口に入るもの妥協は許しません!」と、スーパーで一番高い食材ばかりカゴに入れてくる。
いくら貯金が数千億あるとはいえ、このままでは俺の貧乏性がストレスでマッハだ。
「お兄ちゃん、王様なんだから食費くらいケチケチしなよ」
こたつの向かいで、未緒がスマホをいじりながら呆れたように言う。
「いや、国を運営する上で『食料自給率』は死活問題だぞ。日本だって輸入に頼りすぎて困ってるだろ。我が九条国も、いつ兵糧攻め(スーパーの出禁)に遭うかわからない」
「スーパー出禁になるようなこと、しないでよ!?」
未緒のツッコミをスルーし、俺は腕を組んだ。
「それに、ネットのニュースで見たんだ。『独立国家として認められるには、独自の特産品(輸出産業)による経済的自立が必要だ』ってな」
そういうわけで。
俺は、生活費を浮かすため――そして九条国の『特産品』を作るため、ある計画を思いついた。
◇
俺たちがエレベーター(オリハルコン製)で降りてきたのは、地下ダンジョンの第50層。
気候や環境を魔法で自在にいじれる、広大なドーム状の空間だ。
「よし、ここを『九条農園』の第一区画とする」
「農園!? Boss、ここで農業をやるってのか!?」
ジャックが目を丸くする。
カレンは「さすが師匠! 『命を育む』という神の領域にまで足を踏み入れるのですね!」と相変わらず見当違いな感動をしている。
「農業って言っても、ただの家庭菜園だよ。ほら、スーパーで買ってきたトマトの種」
俺はポケットから、種が詰まった小袋を取り出した。
夏野菜の定番、トマト。育てやすいし、美味しいし、栄養満点だ。
「でもお兄ちゃん。ここ、ダンジョンの土だよ? 毒とか魔素がいっぱいで、普通の野菜なんて育たないんじゃない?」
「そこは、俺の出番だろ」
俺は愛用のデッキブラシを構え、広大な荒野(ダンジョンの床)を見渡した。
「要は、土の中の『不純物(毒や雑草)』を取り除いて、フカフカのベッドにしてやればいいんだ」
俺はブラシを大地に突き立て、思い切り押し引きした。
イメージするのは、完璧な『耕し』。土壌の成分を分子レベルで選別し、植物に最適な栄養素だけを残す。
「――『土壌解体』」
ザザザザザザザッ!!
俺のブラシが通った軌跡に沿って、大地がまるで波打つように反転していく。
毒素を含んだ石や雑草は一瞬で「ただのチリ」へと分解され、真っ黒で栄養満点な、ふかふかの『極上腐葉土』へと変貌を遂げた。
数分後には、東京ドーム数個分の完璧な農地が完成していた。
「……Crazyだぜ。トラクターでも何日もかかる広さを、一瞬で……」
「凄い……土が、まるで命を宿したように輝いていますわ……!」
「よし、畝はできた。種を撒くぞ。ジャック、カレン、手伝え」
「「YES、師匠(Boss)!」」
世界最強の二人が、ジャージ姿に麦わら帽子を被り、せっせとトマトの種を植えていく。
絵面がシュールすぎる。
「で、最後は『肥料』と『環境』だな」
俺は、台車に乗せて運んできた『アイツ』を農地のど真ん中に設置した。
かつて世界を滅ぼしかけた神話の怪物――現・全自動空気清浄機、『邪神コア(シャープ製風)』だ。
『ピピッ。空気ノ汚レヲ検知シマシタ。清浄運転ヲ開始シマス』
邪神コアが、どこで覚えたのか機械的な電子音を発し、周囲の空気を吸い込み始める。
そして、フィルター(俺が解体して作った)を通し、背面から凄まじい勢いで『超濃密な清浄魔力』を排気し始めた。
「よしよし。邪神の排気ガス(純度100%の生命エネルギー)を浴びせれば、成長も早くなるだろ」
すると――。
メキメキメキッ!
「えっ!?」
「Wow!?」
未緒とジャックが悲鳴を上げた。
種を植えたばかりの土から、一瞬にして緑色の芽が飛び出し、あっという間に俺の背丈を超えるほどの巨大な茎へと成長したのだ。
葉が茂り、黄色い花が咲き、そして――。
ポンッ、ポンッ、ポンッ!
まるでルビーのように赤く、そして太陽のように神々しい光を放つ『トマト』が、鈴なりに実った。
種まきから収穫まで、わずか3分。
「……なんか、すげえ光ってるけど。まあいいか」
俺は一番赤く熟れたトマトを一つもぎ取り、服の袖で軽く拭いて、そのままガブリと齧り付いた。
パツンッ。
弾けるような皮の食感。
口いっぱいに広がる、フルーツのように濃厚な甘みと、スッキリとした酸味。
そして、食べた瞬間に体の奥底からマグマのような活力が湧き上がってくる。
「……うんま!! なんだこれ、スーパーのトマトと全然違うぞ!」
大成功だ。
ダンジョンの土と邪神の空気清浄機パワーで、とんでもなく美味いトマトができあがった。
「これなら未緒の弁当にも入れられるし、特産品として売ればいい小遣い稼ぎになりそうだな!」
俺は豊作のトマト畑を前に、満足げに笑った。
ただの節約目的で作ったこの『神殺しトマト』が、のちに世界のパワーバランスを根底から覆す超チートアイテム(エリクサー)になることなど、この時の俺は知る由もなかった。
◇
同じ頃。
地上にあるアパート『ひまわり荘』の階段を、一人の少女が上っていた。
透き通るような銀色の髪。
まるで氷細工のように整った、しかし感情の一切抜け落ちた冷たい顔立ちの美少女。
彼女は、103号室――俺の部屋(102号室)の隣――の前で立ち止まり、鍵を開けた。
「……ターゲット(九条湊)の隣室、潜入完了」
少女は、ロシア語のアクセントが混じる流暢な日本語で、胸元の小型マイクに囁いた。
「これより、祖国の命運を懸け……『九条独立国』の秘密の奪取、および国王・九条湊の暗殺任務を開始する」
世界最高の暗殺者にして、冷酷無比なるスパイ。
新たなる厄介な『ご近所さん』が、九条家の隣に引っ越してきた瞬間だった。




