EP 10
アメリカ大統領と日本総理、アパートの玄関で鉢合わせる
東京都内、某所。
築40年の木造アパート『ひまわり荘』の前の細い路地は、異様な緊張感に包まれていた。
キキィィィッ!
黒塗りの防弾仕様リムジンが数台、強引に路地に乗り付けてくる。
車から降りてきたのは、黒スーツにサングラス、耳に無線機をつけた筋骨隆々のSPたち。
そして、その中心で顔を引きつらせている初老の男――日本の内閣総理大臣、田中だ。
「ここが、例の『九条湊』の自宅……。本当に、この木造アパートの地下から、あの特級クラスの魔力変動が?」
総理が汗を拭いながら見上げた先には、二階建ての古びたアパート。
どう見ても、世界を滅ぼす兵器工場や、新興独立国家の拠点には見えない。
「は、はい。衛星の熱源探知と魔力レーダーが、完全にこの『102号室』の真下を指しております」
同行した対策室の佐久間が、震える声で報告する。
彼らがここに急行した理由は一つ。九条湊の動向確認、そして最悪の場合の『機嫌取り』だ。
あの男を怒らせれば、日本……いや、世界が終わるかもしれないのだから。
「よし、慎重に接触するぞ。決して刺激するな」
総理が覚悟を決めてアパートの階段を上ろうとした、その時。
ブォォォォンッ!!
上空から凄まじい風圧が降り注いだ。
軍用のステルスヘリコプターが、隣の空き地に強引に着陸したのだ。
「な、なんだ!?」
SPたちが一斉に拳銃を構える。
ヘリから降りてきたのは、星条旗のピンバッジを胸につけた大柄な金髪の男。
アメリカ合衆国大統領、ジョージ・ワシントン(同名だが別人)だった。
「Oh、ミスター・タナカ。奇遇ですね。あなたも『世界最強の男』にご挨拶ですか?」
ジョージ大統領が、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
その背後には、シークレットサービスと、米軍所属のAランク探索者部隊が控えている。
「ジョ、ジョージ大統領! なぜあなたが日本に!?」
「決まっているでしょう。我が国の英雄を従え、これほどの魔力特異点を創り出す男。もはや彼一人で核保有国と同等の抑止力を持つ。……アメリカとしては、彼と直接『同盟』を結ぶ必要があるのです」
大統領の目が鋭く光る。
日米のトップが、家賃6万のアパートの廊下で睨み合う。
一触即発の空気。
世界の命運を分ける首脳会談が、今まさにこのボロアパートの前で始まろうと――
ガチャ。
「あ、すいませーん。町内会の人ですか? 回覧板ならそこのポストに……」
102号室のドアが開き、エプロン姿の男――九条湊が、ゴミ袋を片手にひょっこりと顔を出した。
「「「…………」」」
静寂。
完全武装のSPたち、日本総理、アメリカ大統領。
そして、ゴミ捨てに行こうとしていた主人公。
「……えっと」
俺は目を瞬かせた。
目の前には、黒服の集団。そして、テレビのニュースでよく見る顔が二つ。
(……うわ、やっちまった)
俺の心臓が跳ね上がった。
(絶対、さっきのDIY(地下100階増築)の騒音クレームだ! 大家さんがついに警察……いや、偉い人まで呼んで俺を追い出しに来たんだ!)
「あ、あの! すいませんでした! ちょっと床をぶち抜いただけで、悪気はなかったんです! 家賃は払いますから!」
「……え?」
謝罪する俺を見て、総理と大統領がポカンとしている。
「ゆ、床をぶち抜いた……? それが、あの未曾有の魔力変動の原因……?」
「Yes。彼は今、恐ろしいことを平然と言いましたよ、タナカ」
大統領がゴクリと唾を飲み込む。
俺は「立ち話もなんですから」と、ゴミ袋を置いて二人を部屋に招き入れた。
SPたちは外で待機だ。部屋に入りきらないからな。
「……失礼します」
総理と大統領が、恐る恐る六畳一間に足を踏み入れる。
「何もない部屋ですいません。あ、今は『下』にリビング移したんで、そっち行きましょうか」
俺は押し入れのふすまをガラリと開けた。
「……押し入れ?」
「ええ。階段気を付けてくださいね。ちょっと急なんで」
俺は押し入れの床下に設置したハシゴを指差した。
総理と大統領が顔を見合わせる。
日本のボロアパートの、カビ臭い押し入れ。その下にあるという「リビング」。
おそらく、狭くて薄暗い地下室を想像しているのだろう。
「ミスター・クジョウ。我々は地下の隠れ家で密談をするというわけですね。スパイ映画のようで嫌いじゃありませんよ」
ジョージ大統領が、アメリカン・ジョークを交えながらハシゴを降りていく。
総理もそれに続く。
そして、彼らがハシゴを降りきり、その「空間」に足を踏み入れた瞬間。
「…………What?」
「…………は?」
二人の世界のトップが、文字通り「絶句」した。
見上げるほど高い天井。
壁や床は、全て神話の金属『オリハルコン』でコーティングされ、眩いばかりの光沢を放っている。
天井からは、特級魔石のシャンデリアが柔らかな光を落とし、広大なフロア(ドーム球場クラス)の中央には、高級なレザーソファと巨大なモニターが設置されていた。
空気は清浄そのもの。魔力濃度は、地上の何百倍も濃いが、なぜか心地よい。
「……核シェルター、いや、これは……宮殿……!?」
大統領が震える手でオリハルコンの壁に触れる。
総理は腰を抜かして、床にへたり込んだ。
「これほどの質量……国家予算の数千倍……いや、計算できない。これを、個人のアパートの地下に……?」
「おーい、お客さんですかー?」
奥から、未緒が麦茶の入ったピッチャーを持って歩いてきた。
「お兄ちゃん、麦茶でいい? ……って、え? 総理大臣と、大統領……?」
「ああ。ご近所の挨拶回りみたいだ。俺、コップ出してくるわ」
俺はエプロン姿のまま、悠然とキッチン(システムキッチン完備)へと向かった。
世界のVIPたちは、ただただ、この常軌を逸した「地下のマイホーム」に圧倒され、立ち尽くすことしかできなかった。




