EP 4
幽霊船? いえ、ただの手入れ不足な「ヴィンテージ船」ですね
俺が甲板に降り立つと、そこは不思議な光景だった。
さっきまでのドロドロのヘドロは消え去り、足元には古いが上質なチーク材の床板が広がっている。
「……うん。素材は悪くないな」
俺はデッキブラシの柄で床をコツコツと叩いた。
腐食していたのは表面だけ。中身はまだ生きている。
これなら、「解体」で腐った部分だけ削り取れば、新品同様に再生できるはずだ。
「Wait! 待てボーイ!」
背後から、雷を纏ったジャックが飛び降りてきた。
彼は周囲を警戒し、ハンドガン型の魔導具を構えている。
「Crazyだぜ……。ヘドロを消しただけで勝ったと思うなよ? ここはお化け屋敷(Haunted House)だ。実体のない悪霊がウジャウジャいるはずだ!」
「ああ、いますね。そこら中に」
俺は船室への入り口――大広間へと続く扉を指差した。
ギギギ……と扉が独りでに開く。
その奥の暗闇から、無数の青白い人魂と、半透明の亡者たちが漂い出てきた。
『ウゥゥゥ……』
『カエレ……カエレ……』
『呪ワレヨ……』
背筋が凍るような怨嗟の声。
普通の探索者なら、この「恐怖オーラ(精神汚染)」だけで気絶するレベルだ。
「Shit! やっぱり出やがった! 物理無効のスペクターだ!」
ジャックが顔を引きつらせ、雷撃を放つ。
バチチチッ!
雷は亡者たちを貫通し、壁を焦がしただけだった。
「Damn it! 効かねえ! 実体がないからエネルギーがすり抜ける!」
「ジャックさん、船内なんで火気厳禁ですよ」
俺はジャックを制止し、亡者の群れに向かって歩き出した。
「おい! 死ぬぞ!」
亡者たちが、生きた獲物を見つけて殺到してくる。
冷たい霊気が俺の肌を撫でる。
だが、俺には彼らが「敵」には見えなかった。
(……未練、後悔、怨念。要するに、魂にこびりついた「精神的な汚れ」か)
長い年月、海を漂いすぎて、魂がドロドロに汚れているだけだ。
なら、洗ってやればいい。
「お風呂の時間ですよー」
俺はデッキブラシを構え、亡者たちの真ん中で大きく円を描いた。
対象:魂に付着した「負の感情」。
本体である「魂」は傷つけず、汚れだけを綺麗さっぱり洗い流す。
「――『魂魄解体』」
シャララララ……。
俺のブラシから、細かな光の粒子が舞った。
それは洗剤の泡のように亡者たちを包み込む。
『グァ……ア……?』
『アレ……?』
苦悶の表情を浮かべていた亡者たちの顔が、みるみるうちに穏やかになっていく。
怨念という名の垢が落ち、本来の魂の輝きを取り戻していく。
『キモチイイ……』
『温カイ……』
『ア、ナンダ。俺、トックニ死ンデタンダ……』
亡者たちは憑き物が落ちたような顔で互いを見合わせ、そして俺に向かって深く一礼した。
『ありがとう、掃除屋さん』
パァァァァッ……。
彼らは美しい光の玉となって天へと昇っていった。
成仏完了。
「……Ha?」
ジャックが口をポカンと開けている。
カメラドローンがその光景をアップで捉える。
『成仏したwwww』
『除霊(物理)』
『ジャック:「攻撃が効かない!」 湊:「お風呂ですよー」』
『温度差で風邪ひくわ』
『エクソシスト湊』
「よし、霊的な汚れは落ちたな。次は物理的な汚れだ」
俺は満足げに頷き、大広間の中へと進んだ。
そこは、かつては豪華なダンスホールだったのだろう。今は床が抜け、シャンデリアは錆びつき、カーテンはボロボロだ。
カビ臭い。
「酷い有様ですね。これじゃお客さんも呼べない」
俺は壁に手を当てた。
この船、骨組みはしっかりしている。
表面の腐敗とサビさえ落とせば、まだ現役でいけるはずだ。
「リフォームしますか」
俺は魔力を練り上げる。
イメージするのは「復元」。
サビ(酸化鉄)を鉄に戻し、腐った木材を分解して新しい細胞に組み替える。
「――『修復解体』」
カッ!!
まばゆい光がホールを満たした。
ジャックが「目がぁぁ!」と叫ぶ中、奇跡が起きた。
錆びついたシャンデリアが、黄金の輝きを取り戻す。
腐った床板が、艶やかな飴色のフローリングに変わる。
ボロボロのカーテンが、真紅のベルベット生地に織り直される。
数秒後。
そこには、タイタニック号も真っ青の、超豪華な舞踏会場が現れていた。
「……Beautiful……」
ジャックが思わず呟いた。
カレンがうっとりとした顔で入ってくる。
「素晴らしいです、師匠! 幽霊船を豪華客船に変えるなんて! これぞ『破壊と再生』の芸術!」
「いや、ただのサビ落としだよ」
俺は額の汗を拭った。
結構魔力を使ったな。でも、ピカピカになると気持ちいい。
「さて、次は厨房か? それとも機関室か?」
俺はデッキブラシを担ぎ、さらに奥へと進んでいった。
背後には、キラキラと輝くシャンデリアの下で、呆然と立ち尽くす全米No.1ヒーローが残されていた。
『劇的ビフォーアフター』
『匠の技すぎる』
『ここ幽霊船だぞ? なんで豪華客船になってんだよw』
『ジャック、完全に観光客で草』
『この船、いくらになるんだ……?』
『湊、もう戦わずにリフォーム業で食っていけるだろ』
こうして、「恐怖の幽霊船」は一歩ずつ、湊の手によって「夢の豪華クルーズ船」へと生まれ変わりつつあった。




