EP 3
【公式配信】ジャックの雷撃、幽霊船の『呪い』に通じず
東京湾、沖合5キロメートル地点。
政府がチャーターした大型クルーザーの甲板上。
「Hey, Guys! 見てるか!? 今から俺が、この汚いオバケ船を海の藻屑にしてやるぜ!」
ジャック・サンダーボルトが、上空を飛ぶドローンカメラに向かってウィンクを決めていた。
政府主導の『東京湾浄化作戦』公式ライブ配信だ。
視聴者数は開始5分で1000万人を突破している。さすが全米No.1。
『ジャック! 抱いて!』
『かっけええええ!』
『日本の恥(Fランク)が後ろに映ってるぞw』
『掃除屋(笑)マジでデッキブラシ持ってるし』
『邪魔だから引っ込んでろよ』
コメント欄はジャック一色。俺、九条湊への風当たりは強い。
まあ、当然だ。
金髪マッチョの英雄と、エプロン姿の清掃員。絵面が違いすぎる。
「おいボーイ。デッキブラシなんて危ないから仕舞っとけ。水飛沫で濡れるぜ?」
「あ、はい。後ろで大人しくしてます」
俺は素直に下がった。
カレンが「あの筋肉ダルマ、凍らせていいですか師匠?」と物騒なことを囁いてくるが、無視する。
目の前には、黒い霧を纏った『腐敗の幽霊船団』。
木造の帆船が50隻以上、密集陣形を組んで漂っている。
船体からはドス黒いヘドロが垂れ流され、海面を汚染していた。
「……臭いな」
俺は鼻をつまんだ。
あのヘドロ、ただの汚れじゃない。「呪い」と「怨念」が凝縮された、精神汚染物質だ。
普通の人間なら、吸い込んだだけで発狂するレベルだぞ。
「行くぜ! 必殺の……サンダー・ボルトォォォッ!!」
ジャックが叫んだ。
快晴の空が急に暗転し、極太の雷柱が降り注ぐ。
ズガァァァァァァァァンッ!!
轟音。閃光。衝撃波。
海面が爆発し、水蒸気が立ち上る。
まさに神の裁き。物理的な破壊力なら、間違いなく世界最強クラスだ。
『うおおおおおお!』
『終わったな』
『これがSSSランクの力……!』
『日本のFランク(笑)とは格が違うわ』
視聴者が歓喜に沸く中、ジャックはドヤ顔で髪をかき上げた。
「Easy jobだぜ。……さて、凱旋パレードの準備は――」
だが。
ギギギギギ……。
煙の向こうから、不快な音が響いた。
木がきしむ音。何かが蠢く音。
「……What?」
ジャックが目を見開く。
風が煙を晴らすと、そこには――
無傷の幽霊船団が、静かに漂っていた。
いや、正確には「一度黒焦げになったが、瞬時に再生した」のだ。
船体を覆う黒いヘドロが、傷口を塞ぐように脈打っている。
「Na、Nonsense! 直撃だぞ!?」
ジャックが後ずさる。
さらに、反撃が始まった。
幽霊船の大砲が、音もなくこちらを向く。
ドシュッ! ドシュッ!
撃ち出されたのは砲弾ではない。
腐敗した「肉塊」と「ヘドロ」の塊だ。
「Shit! 汚ねえ!」
ジャックが雷のバリアを展開して防ぐ。
ジュワワワ……。
ヘドロがバリアに触れた瞬間、雷の魔力が「腐食」し、掻き消された。
「魔力が……腐る!? なんだこの汚物は!」
ジャックの顔色が青ざめる。
物理攻撃は再生され、魔法防御は腐らされる。
相性最悪。完全に詰みだ。
『え、効いてない?』
『ジャック逃げろ!』
『あれ触れたら死ぬやつだ』
『日本の海、終わりじゃん……』
配信の空気が凍りつく。
政府関係者も、船内で頭を抱えているだろう。
このままでは、クルーザーごと腐らされて沈没だ。
「くそっ、撤退だ! 出直すぞ!」
ジャックが叫ぶ。
だが、その前に――
「すいません、ちょっと通りますね」
俺が前に出た。
手には、ホームセンターで買った新品のデッキブラシ(1980円)。
「Hey! ボーイ! 自殺志願か!? 俺の雷でも無理なんだぞ!」
ジャックが俺の襟首を掴もうとする。
俺はそれをスルリとかわし、船首に立った。
「いや、ジャックさんの攻撃はすごかったですよ。でも、やり方が間違ってます」
俺は幽霊船団を見据えた。
「あれは『敵』じゃないんです。ただの『不法投棄ゴミ』なんです」
「はぁ? Trash?」
「ええ。長年放置されて、サビとカビ(呪い)がこびりついてるだけです。……可哀想に、誰も洗ってくれなかったんですね」
俺はデッキブラシを構えた。
ジャックは「Crazy……」と呟き、呆れ果てている。
カメラドローンが、興味本位で俺に寄ってくる。
『あいつ何する気だ?』
『遺言か?』
『掃除道具で幽霊と戦うのかよwww』
世界中が嘲笑う中、俺は静かに集中した。
対象:前方全域の「腐敗物質」および「酸化鉄」。
船体そのものは傷つけず、表面の「汚れ」だけを剥離させる。
俺は大きく息を吸い込み、ブラシを振るった。
「――『広域解体』」
カッ!!
俺のブラシから放たれたのは、雷撃のような破壊の光ではない。
清浄な、どこまでも透き通った「浄化の波紋」だった。
波紋が海面を走り、幽霊船団に接触する。
その瞬間。
ボロボロボロボロ……!!
船を覆っていた黒いヘドロが、まるで剥がれ落ちる塗装のように、一斉に崩落した。
腐敗臭が消え、爽やかな潮風が吹き抜ける。
そして、ヘドロの下から現れたのは――
ピカピカに磨き上げられた、白銀の船体だった。
「……は?」
ジャックのサングラスがずり落ちた。
カレンだけが「さすが師匠! 美しいブラシ捌きです!」と拍手している。
「よし、汚れは落ちたな。……次は中の『粗大ゴミ(悪霊)』を回収するか」
俺はデッキブラシを担ぎ直し、綺麗になった一番手前の船へと飛び移った。
「ちょ、待てボーイ! 今、何をした!?」
ジャックの叫びを背に、俺は業務を開始した。
今日は残業なしで帰りたい。




