第三章 東京湾・幽霊船浄化
Sランク居候、洗濯機と戦い敗北する
ドガァァァンッ!!
日曜日の朝。
俺、九条湊の安眠は、核爆発のような轟音によって『解体』された。
「……敵襲か!?」
俺はガバッと跳ね起きた。
アパートが揺れている。壁がミシミシと悲鳴を上げている。
まさか、またスタンピード? それとも政府の強行突入?
「お兄ちゃん! 台所! 台所がやばい!」
隣の部屋から未緒が飛び込んできた。パジャマ姿で顔面蒼白だ。
「台所? ガス爆発でもしたのか!?」
「違う! カレンさんが……カレンさんが朝ごはん作ろうとして……!」
嫌な予感しかしない。
俺はリビングへと走った。
そこには、地獄が広がっていた。
「くっ……! なんて硬い皮なの……! これでは師匠の教え(極意)に届かない……!」
キッチンの中心で、Sランク探索者『氷の女帝』カレン・オルステッドが、鬼の形相で包丁を構えていた。
彼女が対峙しているのは、ドラゴンでも魔王でもない。
スーパーで特売だった**「カボチャ」**だ。
「はぁぁぁっ! 氷剣絶刀・雪月花!」
カレンが気合と共に包丁(魔力コーティング済み)を振り下ろす。
ズダンッ!!
カボチャが見事に両断された。
……その下のまな板も。
……そして、ステンレスの流し台も。
「……あ」
真っ二つになった流し台から、プシューッ!と水道管の水が噴き出す。
アパートの台所が、一瞬で噴水広場になった。
「カレンさぁぁぁぁぁん!!」
俺は絶叫しながら、元栓を閉めに走った。
◇
水浸しになったリビングを雑巾(解体スキルで水分除去)で掃除した後。
俺は正座したカレンを見下ろしていた。
彼女は、濡れたYシャツが肌に張り付くのも気にせず、真剣な眼差しで俺を見上げている。
「……で? 何の真似ですか、これは」
「修行です、師匠!」
カレンが即答した。
「師匠の『解体』は、対象の構造を理解し、最小限の力で分離させる神業……。それを習得するには、日常の『料理』こそが最大の修行になると考えました!」
「……その結果が、流し台の切断か?」
「はい! カボチャの硬度に、私の剣気が勝ってしまいました! まだまだ未熟です!」
違う、そうじゃない。
力の加減ってものを覚えろ。
「はぁ……。弁償代、給料から引いとくからな」
「はい! Sランク報酬の全額を差し出します!」
「(……流し台が純金で買えちゃうな)」
俺は頭を抱えた。
数日前、彼女が「弟子にしてくれ」と押しかけてきて以来、我が家はこの調子だ。
Sランクの非常識と、お嬢様育ちの天然が合わさり、最強に見える(物理的に)。
「もういい、料理は禁止だ。俺がやる」
「そんな! では、洗濯をさせてください!」
カレンが立ち上がった。
「洗濯なら、剣を使わないので安全です! 任せてください、汚れた服を『浄化』すればいいのですよね!」
嫌な予感がした。
だが、止める間もなく、カレンは洗面所へと消えていった。
数分後。
ガタガタガタガタガタッ!!
洗面所から、再び異音が響いた。
洗濯機が脱水モードに入り、激しく振動している音だ。
うちの洗濯機は古いから、ちょっと音がうるさいのだ。
「師匠! 大変です!」
カレンの悲鳴。
俺と未緒が駆けつけると、カレンが洗濯機に向かって杖を構えていた。
「この魔導具(洗濯機)、暴走しています! 内部で凄まじい回転エネルギーが発生しています! このままでは爆発するかも!」
「それ脱水! ただの遠心力!」
「ええい、鎮まれ! 絶対零度!」
カキィィィンッ!
俺のツッコミは間に合わなかった。
カレンの杖から放たれた極大冷気が、洗濯機を丸ごと包み込んだ。
一瞬で、回転していた洗濯槽も、中の水も、俺のパンツも、全てが氷のオブジェへと変わった。
シーン……と静まり返る洗面所。
「ふぅ……。なんとか制圧しました」
カレンが額の汗を拭う。
目の前には、完全に沈黙した(物理的に機能停止した)洗濯機の氷像。
「…………」
俺は無言で、カレンの肩に手を置いた。
「……出て行ってくれないか?」
「嫌です! なぜですか師匠!? 暴走を止めたのに!」
「止めたんじゃなくて殺したんだよ家電を!」
未緒が横で「あーあ、買い替えだねこれ」と冷めた目で呟いている。
これが、世界最強のSランク探索者との同居生活のリアルだ。
俺の平穏は、今日も粉々に『解体』されていく。
◇
そんなドタバタな朝食(コンビニ弁当)を終えた頃。
テレビのニュース速報が、新たな「非日常」を告げた。
『――緊急ニュースです。本日未明、東京湾沖に巨大な影が出現しました』
画面に映し出されたのは、霧のかかった東京湾。
その海上に、ボロボロに朽ち果てた、無数の古びた帆船が浮かんでいる。
『政府はこれを特級指定ダンジョン「腐敗の幽霊船団」と認定。海上自衛隊が迎撃に向かいましたが、船から発生する「腐敗ガス」により接近できず、被害が拡大しています』
映像の中で、護衛艦が黒い霧に巻かれ、船体が錆びついていく様子が映る。
「あら、アンデッド系のダンジョンですね」
カレンがトーストをかじりながら(今度は焦がした)、興味なさそうに言った。
「物理無効の霊体と、腐食属性のガス……。相性が悪いわね。普通の剣や銃弾じゃ、傷一つつかないわ」
「へぇ、大変だなー」
俺は他人事のようにコーヒーを啜った。
俺はただの清掃業者(自称)だ。海の平和は、偉い人たちに任せておけばいい。
ピンポーン。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
今度はノックではない。
ドアスコープを覗くと、そこには脂汗をかいた背広の男たち――政府の高官らしき集団が、深々と頭を下げていた。
「……九条湊先生! どうか、国をお救いください!」
ドア越しに聞こえる悲痛な叫び。
「居留守使っていいか?」
「ダメに決まってるでしょバカ兄貴」
未緒に背中を蹴られ、俺は渋々ドアを開けた。
どうやら、洗濯機を壊された程度では済まない、もっと大きな「汚れ仕事」が舞い込んできたようだ。




