EP 10
Sランク美女が「弟子にしてください」と家に押しかけてきた
スタンピード騒ぎから数日後。
あの学校は「カレーが出る蛇口がある」という理由で、文部科学省から「特区」指定され、連日メディアが押し寄せていた。
おかげで、俺への注目は少しだけ逸れた……気がする。
「はぁ……平和だ」
土曜日の昼下がり。
俺はアパートのリビングで、録画していたアニメを消化していた。
未緒は部活だ。久しぶりの一人時間。
口座の1億円はまだ「調査中」とのことで凍結されているが、とりあえず平穏な日常が戻ってきた――
コンコン。
玄関のドアがノックされた。
控えめだが、どこか芯の強い、硬質な音。
「ん? 宅配便か?」
俺は伸びをしながら立ち上がり、玄関へ向かった。
何も考えずにドアを開ける。
「はい、どちらさ――」
言葉が止まった。
そこにいたのは、宅配業者ではなかった。
プラチナブロンドの髪を完璧にセットし、いつもの鎧ではなく、仕立ての良い高級スーツに身を包んだ美女。
Sランク探索者、『氷の女帝』カレン・オルステッドその人だった。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
俺は静かにドアを閉めようとした。
ガシッ。
細い手がドアの縁を掴む。その手から、パキパキと氷の結晶が発生し、ドアが凍りついて動かなくなった。
「……開けなさい。居留守は許さないわよ、九条湊」
「いや、人違いじゃないですかねー。俺、ただのFランクなんでー」
俺は必死に抵抗するが、Sランクの腕力(と氷魔法)には勝てない。
ドアがジリジリと開けられていく。
「往生際が悪いわよ! 証拠は上がってるんだから!」
カレンが強引に体をねじ込んできた。
狭い玄関が、彼女の放つ冷気と高級な香水の匂いで満たされる。
「証拠って、なんのことですか」
「とぼけないで! これよ!」
カレンが突きつけてきたのは、一枚のパーカーだった。
あのスタンピードの時、俺が彼女に貸した安物のパーカーだ。
「これに残っていた匂い……柔軟剤『フローラル・ハミング』の香りと、微かな唐揚げの匂い。これが、ギルドで会った『偽物』の匂いと完全に一致したわ」
「……警察犬かよ、あんた」
まさかの匂い特定。Sランクの五感をナメていた。
「それに、あのママチャリ! 防犯登録番号を照会したら、あなたの名前だったわ!」
「くそっ、個人情報ガバガバじゃないか!」
完全に詰んでいた。
カレンは俺を睨みつけたまま、プルプルと震えている。
怒っているのか? 当然だ。ギルドであれだけ馬鹿にしていた相手が、実は憧れの「解体師様」だったのだから。
「……私、なんてことを」
カレンが両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。
耳まで真っ赤だ。
「あんなすごい方に、『詐欺師』だの『Fランクのクズ』だの……! ああっ、穴があったら入りたい! むしろ氷漬けにして!」
「えっと、大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、彼女はバッと顔を上げた。
その瞳は、涙で潤んでいたが、それ以上に――異様なほどキラキラと輝いていた。
「でも、やっと会えた……! 本物の、解体師様……!」
カレンが立ち上がり、俺の両手をガシッと握りしめた。
すごい力だ。骨がきしむ。
「あのドラゴン解体! そして学校での清掃活動! どれも常識を超えていたわ! 特にあの『概念解体』……あれこそ私が求めていた究極の魔法の境地!」
「いや、あれ魔法じゃなくてスキル……痛い痛い、手が!」
「お願いがあります、九条様!」
カレンは俺の手を握ったまま、その場に片膝をついた。
まるで騎士が主に忠誠を誓うようなポーズで。
「私を、あなたの弟子にしてください!」
「……は?」
「あなたのその神がかった『解体』の極意! 側で学ばせていただきたいのです! 掃除でも洗濯でも何でもします! だから!」
カレンの背後に、幻覚の氷吹雪が見える。
これは、断ったら家ごと凍らされるやつだ。
「ただいまー。……って、え?」
そこへ、部活帰りの未緒が帰ってきた。
玄関で繰り広げられる、Sランク美女の土下座(求婚?)シーンを目撃し、フリーズする。
「……お兄ちゃん。ついにSランクまでタラシ込んだの?」
「違う! 勝手に押しかけてきたんだ!」
「お邪魔します、妹さん。今日からここに住み込みで修行させていただくことになりました、カレンです」
「住み込み!? 許可してないぞ!」
カレンは聞く耳を持たず、持参した高級そうなトランクを勝手に上がり框に乗せた。
「さあ師匠! まずは何から解体しますか!? この家の壁ですか!? それとも世界ですか!?」
「とりあえず、あんたのその厄介な性格を解体したい……」
俺の呟きは、カレンの熱意にかき消された。
狭いボロアパートに、Sランクの『氷の女帝』が居座る。
俺の平穏な日常は、完全に、粉々に解体されたのだった。




