EP 7
生徒たちの『トラウマ』を解体して、遠足気分にさせてみた
校舎内は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「いやぁぁぁ! 来ないで!」
「助けて! 誰か!」
1階の廊下。逃げ遅れた数十人の生徒たちが、スライムの群れに追い詰められ、壁際に固まっていた。
恐怖で過呼吸になる女子生徒。腰が抜けて動けない男子生徒。
絶望が伝染し、パニックがパニックを呼んでいる。
そこへ、デッキブラシを担いだ男――九条湊が通りかかった。
「うわ、ここも汚れてるなー」
湊は、廊下を埋め尽くすスライムを見て顔をしかめた。
だが、それ以上に彼が気になったのは、**「騒音」**だった。
(うるさいなぁ。これじゃ未緒に弁当を渡す時、声が聞こえないじゃないか)
湊にとって、生徒たちの悲鳴は「工事現場の騒音」と同じレベルの「不快なノイズ」でしかなかった。
助けるのは当然だが、このままじゃパニックになった生徒たちが暴れて、スライム(汚れ)を飛び散らかしかねない。
「……静かにしてもらおうか」
湊は、スライムをデッキブラシでササッと『解体(消去)』しながら、生徒たちの方へ右手をかざした。
彼が見ているのは、生徒たちの体ではない。
彼らの脳内で過剰に分泌されている**「神経伝達物質」**だ。
(ノルアドレナリン、コルチゾール……恐怖やストレスの原因物質か。過剰分泌しすぎだな。体に毒だぞ)
湊は、生徒たちの脳内にある「恐怖の感情」そのものを、不純物として認識した。
構造さえわかれば、抜ける。
恐怖だけを抜き取り、代わりに「セロトニン(安心感)」や「ドーパミン(快楽)」が働きやすい環境を整える。
これぞ、精神解体手術。
「はい、深呼吸してー。悪いものは全部捨てましょうねー」
湊は、保健室の先生のような優しい声で呟いた。
「――『解体』」
フワァッ……。
目に見えない波動が、生徒たちを包み込んだ。
その瞬間。
「ヒッ、うぅ……たすけ……て……ふぁ?」
過呼吸で引きつけを起こしていた女子生徒が、急にポカンと口を開けた。
涙は止まり、呼吸が穏やかになる。
いや、穏やかすぎる。
「あれ……? なんか、スッキリした……」
「お花畑が見える……」
「このスライムの残り汁、キラキラしてて綺麗だなぁ……」
さっきまで死の恐怖に怯えていた生徒たちが、一斉に**「温泉上がりのような恍惚の表情」**になり、へらへらと笑い出したのだ。
カレンが遅れて追いついてきた時、彼女が見たのは信じられない光景だった。
「な、なんなのこれ……!?」
スライムが徘徊する危険地帯で、生徒たちが「わーい、すごーい」「遠足みたいだねー」と、楽しそうに雑談している。
完全に恐怖心が欠落している。
「あ、清掃員さん! お掃除ご苦労様でーす!」
「床がピカピカで気持ちいい~!」
生徒の一人が、湊に手を振った。
湊は「はいよ、足元滑るから気をつけてねー」と爽やかに返している。
カレンは戦慄した。
(まさか……『精神干渉魔法』!? 集団の恐怖心を一瞬で消し去ったの!?)
それは、高位の聖職者か、あるいは伝説の『精神支配者』にしか使えない禁断の技だ。
それを、この男は「ついで」のようにやってのけた。
「……狂気だわ」
カレンは震えた。
だが、その狂気こそが、今の絶望的な状況には必要だった。
『【悲報】生徒たち、キマる』
『おい、なんかみんなラリってないか?www』
『恐怖だけ「解体」したのか!?』
『メンタルケア(物理)』
『宗教団体かな?』
『主、何者だよ……精神科医も兼業かよ』
『これ、後で正気に戻った時が一番怖いぞw』
コメント欄もドン引きしつつ、その手腕に驚愕していた。
「よし、静かになったな」
湊は満足げに頷いた。
廊下は平和になった。スライムは全て高級化粧水に変わり、生徒たちはピクニック気分で避難を始めている。
「じゃ、俺は未緒を探しに行くから。あとは任せたよ、お姉さん」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
湊はカレンに後始末を丸投げし、デッキブラシを担いで奥へと進んでいった。
目指すは未緒のいる教室。
そして、その先にある「元凶」だ。




