EP 5
【緊急配信】Sランク・カレン、物理無効スライムに服を溶かされる
時間は少し遡る。
湊がママチャリで爆走していた頃、私立カナン高校の中庭は地獄絵図と化していた。
「くっ……! 氷結魔法『ダイヤモンド・ダスト』!」
カレン・オルステッドの声が響く。
彼女の杖から放たれた極低温の吹雪が、中庭を埋め尽くす黒いスライムの群れを包み込んだ。
一瞬で周囲が凍りつき、スライムたちはカチンコチンの氷像となる。
「はぁ、はぁ……。やったか!?」
カレンが荒い息を吐く。
彼女はたまたま、この学校の卒業生として特別講義に来ていた。
そこで発生したスタンピード。Sランクとしての義務感で、生徒たちを逃がすために一人で殿を務めていたのだ。
だが。
パリンッ。
氷像の一つにヒビが入った。
次の瞬間、内側からドロリとした黒い液体が溢れ出し、氷を溶かして動き出した。
一体だけではない。凍らせたはずの何百体ものスライムが、一斉に再生を始めたのだ。
「そんな……! 氷魔法が効かない!?」
カレンの顔色が蒼白になる。
この『変異種』は、物理攻撃を無効化するだけではない。魔力を吸収し、自らの糧として増殖する性質を持っていたのだ。
「キシャアアアアッ!」
スライムたちが、波のように押し寄せる。
カレンは咄嗟に防御魔法を展開するが、圧倒的な物量に押し潰された。
「きゃあああっ!」
黒い粘液が、カレンの白銀の鎧に付着する。
ジュワワワワッ!
嫌な音と共に、魔法金属でできた鎧が飴細工のように溶け落ちた。
「嘘……私のミスリル合金アーマーが……!」
防具だけではない。その下のインナー、そしてスカートの裾までもが、強力な酸によって溶かされていく。
白い肌が露わになり、カレンは悲鳴を上げながら後退った。
「嫌……来ないで! 私は……Sランクなのに……!」
最強の氷使いが、地面に這いつくばり、涙目で震えている。
その絶望的な光景は、校舎の屋上から必死に撮影していた報道部員のスマホを通じて、全世界にライブ配信されていた。
◇
『【悲報】Sランク・カレン様、終わる』
『うわあああ! 服が! 服が溶けてる!』
『エッッッッ!……とか言ってる場合じゃねえ!』
『物理無効&魔法吸収とか無理ゲーだろ』
『政府は何してんだ! ミサイル撃てよ!』
『生徒たち逃げ場ないじゃん……』
同接数は30万人を超えていたが、コメント欄はお通夜状態だった。
誰もが「全滅」を予感していた。
カレンもまた、死を覚悟した。
粘液が足に絡みつき、動けない。
目の前には、ヘドロのように巨大化したボス格のスライムが、彼女を飲み込もうと口(のような穴)を開けている。
(……助けて)
脳裏に浮かんだのは、ギルド長でも、政府の役人でもない。
あの、配信の中でドラゴンを瞬殺した、正体不明の英雄。
(解体師様……!)
もし彼が本物なら。
もし彼がここにいてくれたら。
「……お願い、助けて……!」
カレンが叫んだ、その時だった。
キキィィィィィッ!!
耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。
同時に、校庭の砂煙を巻き上げて、銀色の流星がスライムの群れに突っ込んだ。
「どいたどいたぁ! 弁当が冷めるだろうがぁっ!」
ドカァァァンッ!!
ママチャリの前輪が、ボススライムの顔面に直撃した。
物理無効のはずのスライムが、まるでボーリングのピンのように吹き飛んだ。
「……え?」
カレンが目を見開く。
土煙が晴れると、そこにはエプロン姿の男が、ママチャリのスタンドを「カチャン」と蹴り上げて停めている姿があった。
カゴにはタッパー。
背中には、なぜか道端で拾ったと思われるデッキブラシ。
「あー、危なかった。汁漏れしてないな」
男はタッパーの中身を確認し、安堵のため息をついた。
そして、周囲を見渡した。
「うわぁ……」
男が顔をしかめた。
スライムだらけの校庭。溶かされた校舎。そして、服がボロボロになってへたり込んでいるカレン。
「なんなんすか、この汚さは」
男――九条湊は、本気で嫌そうな顔をした。
「未緒のやつ、掃除当番サボりすぎだろ。カビ(スライム)が繁殖しすぎて、人間まで襲ってるじゃないか」
「……は?」
カレンが呆然と呟く。
カビ? 今、こいつは災害級モンスターをカビと言ったのか?
湊は、カレンの方へ歩み寄った。
カレンは思わず身構える。
だが、湊は彼女の顔も見ず、彼女の足元に絡みつくスライムの残骸を指差した。
「お姉さん、服汚れてますよ。……ちょっとじっとしててくださいね」
湊が右手をかざす。
「頑固な汚れには、これだ」
湊の目が、鋭く光った。
対象:有機化合物と魔力の結合体。
判定:ただの汚れ。
処理:分解・洗浄。
「――『解体』」
シュバッ!
音がした瞬間、カレンの足に絡みついていた粘液が、一瞬で消滅した。
いや、消滅ではない。
不純物が取り除かれ、キラキラと輝く「高級化粧水」と「純水」に分離して、地面に落ちたのだ。
カレンの肌は、スライムの酸で爛れるどころか、ツルツルに潤っている。
「えっ……? 嘘……魔法が解けた?」
カレンは自分の足を見た。
痛みがない。汚れもない。
それどころか、肌がワントーン明るくなっている。
「よし、綺麗になった」
湊は満足げに頷き、背中のデッキブラシを構えた。
「さてと。ついでに校舎のカビ取りもやっとくか。未緒が給食食べる場所だしな」
彼は何でもないことのように言い放ち、スライムの大群に向かって歩き出した。
その背中を見て、カレンの心臓が大きく跳ねた。
ドクンッ。
(この声……この適当な態度……そして、この圧倒的な『解体』……)
カレンの脳内で、昨日の「偽物(湊)」と「英雄(解体師)」のパズルピースが、カチリと噛み合った。
いや、まだ信じられない。信じたくない。
だって、あいつはただのFランクで、詐欺師で……。
でも。
『【速報】謎の清掃員、乱入』
『え、今のママチャリ男、誰?』
『デッキブラシ構えてるぞwww』
『スライムを一撃で消した!?』
『待て、あの顔……』
『昨日ギルドで騒ぎになってた「偽物」じゃね?』
『いや、本物だろこれ!』
コメント欄が、再び爆発的な速度で加速し始めた。




