表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【なろう版】徒花の咲かせ方 ~欠陥オメガ宰相とワケありアルファ騎士団長の偽り番契約~  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

8 私を抱け、アスカディア(※)

 ◇ ◇ ◇




 駆けつけた先に広がっていた光景は、まさに混沌。

 青ざめた花君たちや客が廊下へ出て遠巻きに見守る中心で、娼館の用心棒に取り押さえられた身なりの良い青年が、血眼になって叫んでいる。


「離せ! 離せぇッ! あのオメガが悪いんだ! 僕が一番だと言ったのに、他のアルファの匂いをまとわりつかせるから!!」

「ここはそういう店だ、馬鹿が! アニーに何をしやがった!」


 その名を聞いて、ミオーレはガツンと頭部を殴られたような衝撃を受けた。人混みを掻き分け、蹴り破られた扉へ駆け寄ろうとしたところを誰かに腕を掴まれ引き止められる。

 振り返った先にいたのは、最初に対応してくれた白髪の使用人だった。彼はマダムの古い側近で、共にドミトリオン帝国へ赴き、彼女をこの国へ生きたまま連れ帰った元護衛だ。荒っぽい騒動には慣れている。


「何があった」

「妙な薬でヒートを誘発させられたようです。部屋にこれが」


 小声で密かに手渡されのは、空になった小瓶。中には毒々しいほど濃い桃色の液体が微かに残っていた。


「アニーは……」

「呪いが強固なヒート時用の部屋へ運び込みました。緊急用の抑制剤も飲ませましたが、効果はあまり……。もうすぐ花街の専門医が来る頃かと」


 ヒート中のオメガのフェロモンは、アルファの性的欲求を最大限に増幅させる。増幅したアルファのフェロモンは他のオメガの呼び水となり、また新たに突発的なヒートを引き起こす。しかもここは娼館。部屋の外には大勢のアルファの客がいて、アニーのフェロモンが残る部屋の呪いは、用心棒が扉を蹴り破ったことで効果を失っている。残り香だけで集団ヒートが起きる危険性もあった。


「わかった。アニーの残り香に誘発されたらまずい。花君と客たちに抑制剤を配って、アルファを店の外へ。衛兵が来るまであの男を絶対に逃がすな」

「かしこまりました」


 素早く指示を出すと、使用人は若い部下を数名連れて事態の収拾へ急いだ。

 幸い、花筐の館はマダムの力によりオメガ関連の物資が豊富だ。一般的にはまだまだ高価なフェロモンの抑制剤を手早く配ることで、事態収拾に努められる。だがもしこれが別の娼館で起きていたらと思うと、ミオーレはゾッと寒気がした。


(強制的にヒートを起こす薬……そんなの聞いたことがない。これもモーギュストンの件に関連しているのか?)


 取り押さえた男に詳しい話を聞かなければ。いやその前にアニーの容態を――。

 目まぐるしく頭を回転させていたミオーレは、ふとあることに気づく。


「アスカディアは……?」


 騒動が起きてから、彼の姿を見ていない。妙な胸騒ぎがして周囲を見渡すも、狼狽える花君たちと客の中に、深紅のペリースは見当たらなかった。

 飛び降りてきた階段を逸る気持ちで振り返る。二階と三階の間の、ちょっとした踊り場。小さな燭台が灯るそこで、影がもぞりと動く気配がした。

 ミオーレは喧騒に背を向けて階段を上る。そして膝をついてうずくまり、肩で息をするアスカディアを発見したのだ。


「アスカディア、どうし――」

「近寄るな!」

「ッ!?」


 心配して伸ばした手が荒々しく振り払われた。そのあまりの剣幕に、思わずびくりと肩が跳ねる。

 いったい何が起きているのか。困惑するミオーレの耳に、激しい息遣いと、何かを噛み砕くような音が聞こえる。

 薄暗い明かりの下、アスカディアの周囲に目を凝らす。まばらに散らばっていたのは――錠剤だった。

 ギラついた目元に、荒々しい熱い吐息。元から感じていた彼の甘い匂いがより濃度を増して鼻を突く。


「アスカディア、君……」

「っく、そ……! 離れてろ、ひとりにしてくれ……!」


 ミオーレから遠ざかろうと身動ぎするが、壁に身を寄せるので精いっぱいのようだ。湧き上がる性衝動を抑え込もうとまた抑制剤を手のひらに出して噛み砕くも、匂いは強まるばかり。

 間違いない。アスカディアはラットに陥っている。


(この量の緊急用抑制剤……きっと普段から処方されていたはず。もしかして、下町の診療所へ通ってたのは……)


 オメガのフェロモンに当てられて理性を失い性欲に溺れることは、アルファにとって堪え難い屈辱である。そのため上流階級のアルファの間では、緊急用の抑制剤を常に持ち歩くのがマナーになっていた。だが、この量はさすがに異常だ。

 ごくりと生唾を飲み込み、ミオーレは意を決した表情で再びアスカディアへ近づく。


「……アスカディア、今の君をここに置き去りにはできない」


 刺激しないよう、努めて落ち着いた声色で語りかける。


「ここではオメガのフェロモンが充満していてつらいだろう? 少し移動しよう。動けるか?」


 伸ばした手が今度は振り払われないことを確認して、肩を支えて立ち上がらせた。触れた個所から熱が伝播するように身体が熱くなる。彼の吐息を耳元で感じてずくりと下腹部が重くなったような気がしたが、気にしている余裕はない。

 一段ずつゆっくりと階段を上り、一番手前の部屋に入って鍵を閉めた。三階はマダムの薔薇の間だけでなく、特別な客のためのスイートルームも備えている。呪いも強い。ここなら安全だ。

 整えられた大きなベッドをなるべく見ないようにして、アスカディアを手近なソファへ座らせる。彼の呼吸はどんどん激しいものになっていった。


「アスカディア、君はラットを起こしている。なぜ抑制剤が効かない?」

「はぁっ、ハッ……! っ、十代の頃からこうなんだ……ヒートのフェロモンを嗅ぐと、簡単にラットになる……」


 苦し気に吐き出された答えは、ミオーレの予想通りだった。

 人目を避けるようにして下町の診療所に通っていたのも、軍医を頼ることができなかったのも、それが理由だろう。オメガほどではないが、ラットに陥りやすいアルファも同族から『劣等アルファ』などと蔑まれ、厄介者扱いされる。


「だが最近は、抑制剤の効き目が悪くて……」

「十代から薬を飲み続けているなら抗体ができ始める時期だ。きっとアニーのフェロモンに誘発されたんだ、しばらくは収まらない」

「わかってる、だからお前はもう出て行――」

「言っただろう。私は私の享受した幸せを当たり前のものにしたいと」


 パサリと乾いた音を立て、ミオーレの肩からボルドーのジャケットが落とされた。薄手のシャツ一枚になった胸で、アスカディアを包み込む。頼りがいのある広い肩が大袈裟に震えたのを見て、ミオーレの中の覚悟はより強まった。


「ラットに苦しむ君のことも、私は救いたい」

「ふざ、けるな……! 誰もそんなこと、頼んでいない……!」

「私には君の理性を奪うフェロモンがないし、妊娠するリスクもない。ひとりで耐えるよりもずっと早くラットが収まるはずだ」

「っ、だが……!」


 フーッ、フーッ、と奥歯を噛みしめた荒い息が薄いシャツ越しに肌へ触れる。自分の胸に額を擦りつけて唸るアスカディアが性衝動を必死に堪えている様子に、ミオーレの庇護欲は風に煽られた炎のように膨れ上がった。


「なら君が納得しやすいように言い方を変えよう。これは取引だ。私は君の秘密を握って、これから必要なだけ君を利用する。その代わり君はその暴力的な性衝動が収まるまで、私を好きにしていい」


 言いながら、ミオーレは首元のジャボを解いた。ふたりの間に滑り落ちるフリルを見送り、唇を嚙みしめて耐えるアスカディアの赤く染まった耳元へ唇を寄せる。


「――だから私を抱け、アスカディア」


 どうしてこんなことを迫ったのか、実のところミオーレもよくわかっていない。

 彼が苦しんでいたから。ラットになった彼を放っておけば他にも被害が出るから。理由付けはいくらでもできる。

 だが回された大きな手に荒っぽく腰をまさぐられながら思い浮かんだのは、全く違う理由。シャツのボタンを引き千切る勢いで外すアスカディアの余裕のない表情に、今まで抱いたことのない感情が止めどなく溢れた。


(どうしてこんなに、抱かれたいんだろう)


 彼の剛直が突き入る瞬間を待ち侘びて、身体の奥底が期待に叫ぶ。足の間からぐちゅりと濡れた感触がした。欠陥品のはずなのに、これではまるで発情したオメガみたいだ。自分の身体のことなのに、何もわからない。だがもう、火照った肌に火傷しそうなほど熱い舌が這わされて、どうでもよくなってしまった。

 首筋へ唇を寄せるのに顔を埋めたアスカディアが、鼻で大きく息をする。ぞくりと込み上げた熱に瞼が震える。


「んっ……! アス、カディア……?」

「はぁ、はぁっ、ふッ、ぅ……やっぱり、お前のこの匂い……」


 まただ。また匂いの話。心当たりなんてないのに。

 肩からシャツがずり落ちた滑らかな背中を掻き抱かれながら、ミオーレは熱っぽい視界でどこか他人事のように考えていた。


「なんでだろうな……――すごく、安心する」

「っ……?」


 そう囁かれた瞬間、下腹部がきゅうっと切なく締まった。

お読みいただきありがとうございます。

これにて第一章完結です!

第二章からは一線を越えてしまったふたりのもだもだをお楽しみいただければと思います✨

少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援していただけると嬉しいです☺️

引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ