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【なろう版】徒花の咲かせ方 ~欠陥オメガ宰相とワケありアルファ騎士団長の偽り番契約~  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
第二章

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16 団長の番になってくれたのがミオーレ様で良かったです

「なんでしょう……? ちょっと見てきますね」

「ああ、頼む」


 席を立ったロシュが外に出ようと扉を開けてすぐ、「ひょわああああっ!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げる。書類に目を通していたミオーレも顔を上げ、慌てて立ち上がった。

 ふたりの視線の先にいたのは、アスカディアだった。非番なのか、いつもの隊服の上着を脱いだシャツにズボンというかなりラフな出で立ちだ。その後ろに若い気配が連なる。


「これはなんの騒ぎだ、アスカディア?」

「非番で暇そうだった奴らをつれてきた。いい加減ここを片付けるぞ」

「へ?」


 予想外の提案に思わず間抜けな返事をしたら、アスカディアの背後から「失礼しまーす!」と明朗で無邪気な声を上げ、十代くらいの若い団員たちがぞろぞろと押し入ってきた。

 突然のことにロシュもどうしていいのかわからず、ミオーレに視線で助け舟を求める。


「わぁ、すっげぇガラクタの山!」

「ばか、この椅子ひとつでも壊したら、おれらの年収ぶっ飛ぶぞ」

「マジ!?」

「……すまない、平民出身の見習いたちで、まだ作法については勉強不足なんだ」

「それは構わないが……彼らの貴重な非番をこんなことに使わせるのは気が引ける。もし君の命令で連れてきたのなら、その必要は――」

「俺たち、自分から立候補してお手伝いしにきたんです!」


 狭い室内をきょろきょろと見回していた一人が、澄んだ瞳をキラキラとさせてミオーレにずいと近づいた。アスカディアはとっさに彼の肩を掴み、ミオーレから距離を取らせる。犬のリードを持つ飼い主のようにも見えるが、顔が怖すぎる。だが背を向けている新人は幸いにも気づいていないようだ。知らないでいたほうが幸せなこともある。


「俺、宰相様がスティレイ様にガツンと言ってくれたのを見て、感動しちゃって! 俺たちのことをちゃんと見てくれてる人もいるんだって思ったら、すげー救われたっていうか……。だから、お手伝いしに来ました!」

「本当はもっと人手がいたんですけど、団長がアルファはだめだって言うから、今回はベータの俺らだけで」

「イヴェール団長ってばミオーレ様にベタ惚れだから、他のアルファを近づけたくないんすよ」

「番だし、当たり前だろ~。それに宰相様すっげー美人だし」

「余計なことは言わなくていい! 今日しか時間がないんだ、さっさと取りかかれ!」


 カッと目を見開いて訓練のように檄を飛ばす騎士団長へ「了解~!」と元気よく返事した新米たちは、手際よく室内の荷物を外に出し始めた。非力なミオーレとロシュではどかすこともできなかった棚などの大型家具がどんどん運び出されていく。


 部屋の隅にロシュと固まってその様子を呆然と眺めていたミオーレは、ひとりの団員に気づいた。禁書庫の出口で待ち構えていた、あの時の青年騎士だ。新米たちよりも幾分先輩なのだろう。「これはどうすればいいですか?」と聞かれ、「そうだな」と優しい声色で教えてやっていた。

 ミオーレの視線に気づいたのか、彼がそっと近づいてくる。


「申し遅れました。第二大隊所属のカイル・マクアードです。アーデルハイト宰相、それに秘書官殿。危ないしここは埃っぽい。外で待ちませんか?」

「あ、ああ……」


 爽やかに微笑むカイルに促され、ふたりは執務室の外へ出た。

 執務室の外は寂れたアトリウムのような場所になっている。水が枯れて落ち葉が積もった噴水の縁へ、ロシュと並んで腰を下ろした。執務室の中からはアスカディアの声がひっきりなしに聞こえる。


「その壺は国宝だから落としたら一生監獄暮らしだぞ!」

「絵画を動かす時は手袋をしろ! 素手で触ったら絵の具が劣化する!」

「ミオーレの机には触れるんじゃない。……俺はいいんだ!」


 こんな調子で、とにかく忙しない。子だくさんな父親を見ているような妙な気分になって、自然と苦笑が浮かぶ。

 すると不意に、カイルがミオーレのそばに片膝をついた。


「カイル、どうした?」

「俺、団長の番になってくれたのがミオーレ様で良かったです」

「え……?」


 突然の告白に言葉を詰まらせるミオーレへ、カイルはうっすらと頬を高揚させながら続ける。


「前任の騎士団長の汚職のせいで、市民からの信頼は地に落ちました。当時の団内は後ろ盾になっている貴族の派閥で分断され、代理戦争みたいな有り様で……」

「知ってる。ランディル陛下から相談を受けてた。次の騎士団長の選任に迷っていると」

「それでミオーレ様が、アスカディア団長を陛下に推薦してくださったんでしょう?」


 実を言うと、そんなこともあった。汚職の後の人事だ。貴族たちは各々騎士を買収して自分たちにとって不利益な犯罪をもみ消したりしていて、それによって不当に苦しんだ民衆の目はかなり厳しいものだった。場当たり的な人事では暴動が起きかねない。

 悩むランディルに、ミオーレは下町出身で剣の腕も立つアスカディア・イヴェールの名を上げた。


「私は適格そうな候補者の名をいくつか助言したが、その中から最終的に彼を選んだのは陛下だよ」

「それでも、貴方は厳しい状況で正しい判断を下せる稀有な人だ。そして一度は地に落ち泥を投げつけられた俺たちの忠誠を信じてくれた」


 ミオーレを真摯に見つめるカイルの青い瞳は、憧憬に溢れていた。ロシュ以外から初めて向けられる類の視線に、ミオーレはどう反応すべきか言葉を探しあぐねる。


「俺は騒動があった頃に採用された一番下っ端で、先輩たちからの圧力に屈して騎士道に背くようなこともしました。だから正しく在り続ける難しさはわかってるつもりです。でも貴方と団長なら、きっとどんな時でも大丈夫だと信じています」

「それは……すごく、光栄だね」


 ミオーレはこそばゆい気持ちでぎこちなく返した。あまりにキラキラした瞳で見つめられるものだから、顔に穴が空いてしまいそうになる。

 それに、カイルや今日ここに来てくれた彼らの信頼を裏切ってしまっている引け目もあった。自分はアスカディアの本当の番ではないのだから。


「騎士の多くは貴方の味方です。どうか団長とふたりで、俺たちを正義の道へ導いてください!」

「いや、ええと、君たちを導くのは私ではなく陛下の役目で……」

「特にあの尋問をしている時のミオーレ様は素晴らしかった! 五分で証言を引き出したのは騎士団でも最短記録です! スマートで優美で知的なミオーレ様の背後に控える我らが鬼の騎士団長の二段構えに屈しない者などいません! お二人が組めばどんな悪党も形無しです!」


 捲し立てるように興奮気味に詰め寄られ、ミオーレは隣のロシュに「ちょっと怖いんだが」と助けを求めた。するとロシュはふるふると小刻みに震え出し、眉を八の字にして丸眼鏡の奥の瞳を潤ませる。


「そんなことがあったなんて初耳です……! 僕もミオーレ様とイヴェール閣下の初めての共同作業、見たかった……!」


 なんて物騒な共同作業なのだろう。くっ、と下唇を噛んで悔しがるロシュに、カイルがさらなる燃料を投下する。


「それで、団長との婚礼はいつのご予定です!?」

「こ、婚礼!?」

「……? すまない、なんの話だ?」

「スティレイ公に言ってたじゃないですか、団長はアーデルハイト家の婿になる男だって!」

「えええええええええッッ!? もうそこまで話が進んでいたんですか!?」


 ぽかんと口を開けたまま固まってしまったミオーレの隣で、ロシュが真っ赤な顔で飛び上がる。

 言ったような、言ってないような……いや、言ったな、たしか。あの時はアスカディアや騎士団を馬鹿にされた怒りが先走って、後先考えず思いつくまま口走っていた。今になって思うと失言だった。まさかこれほど期待されてしまうとは。


「い、いずれはな。でもしばらくは新体制でお互い忙しくなるだろうし、そんなことに時間を割いている余裕はないよ」

「そんなこと!? 婿入りする団長と誰がヴァージンロードを歩くかって、団内の話題はそれで持ち切りなのに!」

「騎士団は暇なのか?」

「そんなわけないでしょう!」

「す、すまない……」


 なぜこちらが謝る羽目になるんだ。

 カイルの勢いにたじろいだミオーレを、さらなる衝撃が襲う。ロシュが眼鏡を外し、ハンカチで潤んだ目元を押さえてすすり泣き始めたのだ。


「秘書官殿!?」

「ロシュ、どうした……?」

「ぐすっ……うぅ、すびましぇ……! ミオーレ様を幸せにしてくれるお相手が見つかったのが、本当に嬉しくて……」


 止めどなく溢れるロシュの涙を見て、ミオーレはずきりと胸が痛む。ロシュを欺いてしまった。「どうせ誰にも愛されない」と寂しいことを言っていた自分以上に自分の幸せを願ってくれていた、大切な友人を。


「でも、これで僕も安心してお嫁に行けます」

「ん……そうか、君の嫁入りまであと二カ月か。寂しくなるな」

「ミオーレ様にはもうイヴェール閣下がいるから、きっと大丈夫ですよ。ああ、本当に良かった……」


 スンスンと泣きじゃくる背中をさすってやっていたら、なぜかカイルも嗚咽を漏らし始めた。「おふたりが、あまりに尊くて……!」と男泣きされ、苦笑してしまう。

 アスカディアは良い部下を従えている。彼を騎士団長に推薦したのは、グラングレイス王国にとって間違いじゃなかった。


(でもきっと、私たちの契約は間違いだったんだろうな)


 こんなにも純真な人たちを裏切ってまで、番を偽る必要はあったのだろうか。ドミトリオン帝国からの求婚を断るにも、もっと別の手立てを考えたり、いっそ自分が犠牲になる道だって――。

 答えが出ない問答は時間の無駄だとわかっているのに、ついそんなことを考えてしまう。

 このことで傷つくのがせめて自分だけであるようにと、ミオーレは願わずにはいられなかった。

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