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【なろう版】徒花の咲かせ方 ~欠陥オメガ宰相とワケありアルファ騎士団長の偽り番契約~  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
第二章

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15 これは僕の信頼と願いへの裏切りだ

 騎士団塔での取り調べから一週間。ミオーレは寝る間も惜しんで証言の裏取りをしていた。

 スティレイの息子が口を割った薬の入手元は、ごくありふれた酒造組合だった。だが貯蔵庫の地下で作られていたのはもちろん酒ではない。完成前の試験薬を取引先の貴族に流したことから口コミが広まり、今では貴族の間で人気の投資先らしい。もちろん、未認可の違法な薬物であるのは承知の上で。

 ミオーレが酒造組合の登記をつぶさに洗い直したところ、案の定、共同創設者のひとりが禁書庫のリストと繋がった。万が一にも言い逃れできないよう、マダムから託された資料を基に薬の詳細をまとめ、一方で協力してくれたロベリアの立場を守るために、過去の研究については徹底的に隠して。その合間で王都に十ヶ所以上ある組合の貯蔵庫を調査し、どこが当たりなのかを突き止めた。

 相手は雲隠れが得意な連中だ。何せ王の目が届く城下で薬を作り、貴族を相手に金を稼いでいた。摘発が不発で終わればすぐに姿を消し、また別の場所で商売を始める。チャンスは一度。一刻でも早く突入してオメガたちを救出したい気持ちをどうにか押さえながら、ギリギリまで神経を擦り減らして慎重に下準備を進めた。

 そしてついに、騎士団の強制捜査が入った。王の金印が押された令状をアスカディアから叩きつけられた責任者はその場に崩れ落ち、大人しく連行されていったらしい。現場にいなかった経営者たちもそれぞれの自宅で捕縛された。

 ミオーレは警備が手薄になる夜明け前に決行された騎士団の突入作戦を、貯蔵庫の外を囲う後方部隊の中で見守っていた。本当はアスカディアと共に中へ入りたかったのだが「荒っぽくなるから」と、彼に止められたのだ。その言葉通り、現場は容赦なく速やかに制圧された。そして地下から救出された大勢のオメガたちの姿を見届けて、ミオーレが緊張の糸が切れたように気絶したのが五日前の話。

 その結果、検挙した組合上層部の面々はかつてないほど速やかに有罪となった。今は事業解体と研究の永久凍結に向けて話し合いが着々と進められている。

 そして、現在――。

 玉座の間に集められて不安そうな諸侯たちを、ランディルの翡翠の宝石眼が見渡した。相変わらず透き通るような美しい緑色だが、今はその中に静かな怒りを宿している。

 ランディルの左隣に控えていたミオーレが、書類が乗ったトレーを無言で差し出す。三日三晩眠り続けて、顔色もすっかり良い。ランディルから起き抜けに「アスカディアが『このまま起きなかったらどうすれば』って半べそをかいてたよ」と聞かされた時には冗談かと思い、部屋へ飛び込んできた彼の真っ赤に腫れた目尻を見るまで笑い転げていたくらいだ。

 それから二日経ち、今日の断罪の日に至る。


「前騎士団長の汚職を摘発した時、僕は彼へ不当な資金援助をして騎士団を私的に利用していた君たちを赦免した。過去は変えられないけれど、せめて未来で正しい選択をしてほしかったからだ」


 ミオーレからランディルへ手渡されたのは、薬の研究に出資していた者の一覧。その中には先ほどランディルが話に挙げた者たちの名前がいくつもあった。そう、ここに集められた諸侯たちである。


「薬は君たち出資者と国内外の違法組織にばらまかれた。何十人ものオメガのうなじを切り取って作られたおぞましい薬で、これからさらに犠牲者が増える。これは僕の信頼と願いへの裏切りだ」


 ランディルが手に持っていた杖で足元を突いた途端、窓が閉め切られた室内に突風が吹き抜けた。風はランディルを中心にして渦を巻くように荒れ狂い、彼の手から書類を吹き飛ばして、宙で千々に切り刻んだ。

 どよめく諸侯たちを尻目に、恐ろしい風を纏う王の隣で、ミオーレは涼やかな顔を崩さない。


(陛下の風魔法、久々に見たな)


 体内で魔力が循環し、内側から煌々と輝きを放つエメラルドの宝石眼を静かに見つめる。

 王家の宝石眼は遺伝関係なく様々な色を持つ。どうやらそれぞれの身体に流れる魔力の属性によるものらしい。だからロベリアは冷え切った部屋を一瞬で温めることができたし、マダムは蔦の葉に朝露を集めることができた。紫の宝石眼のライネルは怒ると身体中から静電気を放ったと聞く。

 そういうささやかな魔法の名残りを残す王族の中で、ランディルは唯一魔法を扱える。右足が不自由な代わりに得た天恵だったのだろう。だがその力を滅多に使うことはない。優しく平凡な王でありたいと言っていたから。

 それが今、怒りを狂風に変えて吹き荒らしている。


「へ、陛下、わたくし共はけっしてそのようなつもりは――」

「陛下は発言を許可していないぞ、ジュナー財務大臣。その場を一歩でも動けば、貴方を拘束する」


 ミオーレの立つ反対側で、険しい表情のアスカディアが剣の柄に手をかけた。彼の背後には数十名の騎士たちが控えており、一気に緊張の糸が張り詰める。

 新法案を通すためにミオーレが掴んだジュナーの横領だが、その金の行き先もあの酒造組合だった。薬を捌いて儲けた金の配当を受け取るだけでなく、時には薬そのものを提供してもらって家にオメガの娼婦を呼び、密かに楽しんでいたらしい。ここに集められた者たちは、大抵同じようなことをしている。

 青ざめた顔で跪くジュナーを玉座から見下ろすランディルは、杖を持っていない左手を上げてその場を制した。


「アスカディア、剣を抜いてはいけないよ。僕は祖父とは違うんだ。無闇に首を刎ねて城門に突き刺したりしない」


 それはライネルが玉座に就いていた頃、実際にあった惨劇だ。当時を知る古い臣下たちは血の気の引いた顔で俯き縮こまる。

 しかし一方で、彼らには確信があった。ランディルが言うように、彼は暴君ライネルとは違う、優しく慈しみのある王だということ。今は怒り心頭でも、ほとぼりさえ冷めればまた甘い汁を啜れるはず――。


「――だが、信頼を二度も裏切った者たちをそばに置いておくつもりはない」


 そんな甘い考えを抱いていた者たちの予想は、ランディルの低く張り詰めた声色に打ち砕かれた。


「グラングレイス王国第七十二代国王ランディル・ティトレイ・グラングレイスが命じる。王家が与えた家名と資産の九割を返納して一家全員で王都を去るか、一族の者に当主の座を譲渡し国外追放を受け入れるか、選べ。今、ここで」


 玉座の間にごうごうと冷たい風が吹く。

 命と引き換えに突きつけられた過酷な選択に、誰もが顔面蒼白になって立ち尽くした。




 ◇ ◇ ◇




 ティーポットから漂うマスカットの香りに、ロシュの軽快な鼻歌が彩りを添える。

 相変わらずガラクタだらけの執務室で、ミオーレは新たな参議の人選をしていた。部屋を片付けようにも、こうして次から次へと仕事が舞い込む。


「前任の騎士団長の汚職事件の時、参議たちに恩赦を施すよう陛下に助言したのはミオーレ様ですよね。もしかして、こうなることを見越してたんですか?」


 ほんのり湯気の立つティーカップを差し出しながら、ロシュが問う。

 それは五年前、ミオーレがまだ新人官吏だったころの出来事だった。汚職に加担した臣下の中にはライネルの時代から治世を支えた古参の者も多く、新王になったばかりのランディルは処分の度合いに悩んでいた。友として助言を求められ、ミオーレはすかさず「恩赦を与えるべきだ」と言ったのだ。


「陛下は王国に不利益を齎す臣下を遠ざけたいと考えられていた。だがお立場がまだ安定していない時期だったから、やるなら一網打尽にするのがいいと思ったんだ」

「と言うと?」

「真っ当な人間なら一度の恩赦で考えを改める。改心して陛下に忠義を尽くす者だっているかもしれない。でもそうでない強欲な愚か者は、味を占めて同じことを繰り返す。そこで二度と這い上がれないほど徹底的に処分するのが一番効率的だと申し上げた。で、この一覧に残ったのが陛下の求めていた忠義の臣下たち」


 ミオーレは今まさに眺めていた新しい大臣候補の一覧を指先で叩いた。

 信頼のおける者たちで一新された人事によって、ランディルの治世はこれから大いに躍進することだろう。


「だがこんな事態になるくらいなら、あのとき無理にでも処分してしまった方が良かったんだろうか……」

「改心するのも悪事に手を染めるのも、選ぶのは当人です。ミオーレ様が責任を感じる謂れはありません」

「……そうだな。ありがとう、ロシュ」


 ちなみに玉座の間で選択を迫られた者たちのほとんどは、国外追放を選んだ。家門を残したい。いずれまた国政に返り咲きたい。家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。それぞれの事情はあるが、追放先からの影響力は微々たるものだ。監視役の密偵も常時放っている。それに一族が当主の座を継いでも、ミオーレが耄碌しないうちは重役を授けるつもりはない。彼らが日の目を見ることは、数代先までないだろう。


「だが大臣候補がこれしか残らないとは、ますます私の仕事が増えてしまうな」

「ランディル陛下に尽くされるということは、きっとミオーレ様のお力にもなってくださいます」

「だといいんだが……」


 苦笑したミオーレはロシュが淹れてくれたマスカットティーを口に含み、埃で曇った小窓の外を眺める。その横顔の憂いを察して、ロシュは努めて明るい声で語りかける。


「大丈夫です。モーギュストンの暴走の件も、きっとすぐ解決しますよ」


 そう、摘発した連中は容疑を概ね認めているものの、モーギュストンの件だけは覚えがないと突っぱねてきたのだ。言い逃れをしている可能性もあるが、完全に黒だという確証もない。こうなると薬の取引相手による犯行も十分考えられる。事件が何かしらで関連していることは間違いないのでいずれ真相は明るみになるだろうが、この件は別の担当者に引き継がれた。こうしてミオーレは通常業務に戻されたわけだが、どうにもすっきりしない。

 そんな釈然としない空気が流れていたオメガの日陰小屋に、複数の足音と陽気な話し声が近づいてきた。

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