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【なろう版】徒花の咲かせ方 ~欠陥オメガ宰相とワケありアルファ騎士団長の偽り番契約~  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
第二章

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14 今、貴方は私の番を侮辱し、地位を脅かすと脅迫しましたね?

 ◇ ◇ ◇




 アニーに薬を飲ませて強制的にヒートを起こさせた男は、今回の一連の騒動の重要参考人だ。いくら父親がジュナー財務大臣の副官であるアルバン・スティレイだとしても、尋問も済んでいないのに釈放できるわけがない。

 城に隣接する騎士団塔の門をくぐってすぐ、塔の入り口から短気そうな怒声が聞こえてきた。


「取り調べは私の屋敷でやればいいだろう! いつまで息子を汚い独房へ入れておく気だ!」


 恰幅の良い老齢の紳士が目くじらを立て、塔の入り口を守る騎士を怒鳴りつけていた。間違いない、スティレイ公である。


「御子息は未認可の違法薬物を使い、オメガに危害を加えようとしました」

「それがなんだ、相手はただの卑しい娼婦じゃないか!」

「公営娼館の娼婦は国が身分を保護する義務があります。イヴェール騎士団長の許可なく釈放はできません。スティレイ公、どうか今はお引き取りを――」

「だからそのボンクラ騎士団長はどこにいるんだ! 下町上がりの小汚い孤児風情が、付け上がりおって! この私が直接話をつけてやる!」


 響き渡るような大声に、ミオーレはムッと眉を寄せる。アニーを侮辱されたこともそうだが、アスカディアへの暴言にぶわりと腸が煮えくり返った。本人の反応が気になったが、ミオーレの前を行く彼の表情を伺うことはできない。

 アスカディアは長い足を揺るぎなく進め、アルバンの背後に立った。気づいて振り返ったアルバンは、研ぎ澄まされた威圧を浴びてぶわりと冷や汗を浮かべる。


「や、やっと来たか、イヴェール卿」

「スティレイ公、俺への侮辱は好きにすればいいが、ここは騎士団塔だ。御子息の取り調べは規則に則って、ここでする」

「き、規則だとぉ!? ふざけるな! 前任の騎士団長へ我がスティレイ家がどれほど資金援助をしたと思っている!」

「あの人には俺も不必要なほどしごかれた。あんたが今言ったような暴言も、何度吐き捨てられたかわからない。騎士団の運営資金の横領と貴族との癒着が明るみになって、陛下から騎士職を剥奪されるまではな。――現騎士団長は俺だ。あんたへの義理は一切ない。尋問は、ここで行う」


 少しもたじろぐ様子もなく淡々と要求を突っぱねられ、アルバンは怒りで赤らんでいた顔をさらに湯気が出そうなほど沸々とさせた。目を血走らせ、今にも脳をぶちまけそうな勢いでアスカディアに迫る。


「そうやって強情でいられるのも今のうちだぞ! 騎士団長の任期は五年。年末には再任裁定が行われる!」

「それがどうした」

「再任投票権を持つ団員は、貴様を慕う平民のドブネズミだけじゃない。名家出身の高貴な血族がどれだけいると思う? 我々の繋がりは血よりも強い。そこで絶対に貴様を潰してやる! 絶対にだ!」


 怒りで震える指をアスカディアへ突きつけ、アルバンが喚く。アスカディアは眉すらピクリとも動かさなかったが、背後でそれを聞いていたミオーレは違った。


「――失礼、スティレイ公。今なんと仰いました?」


 アスカディアの広い背からひょこりと顔を覗かせた宰相に、アルバンはぎょっと目を見張って後退った。怒りでアスカディアしか見えていなかったのだろう。

 ミオーレは込み上げる怒気を隠さず、周囲を凍りつかせる氷のような美貌で一歩ずつ詰め寄った。


「さ、宰相閣下が、なぜここに……」

「質問に答えていただきたい。今、貴方は私の番を侮辱し、地位を脅かすと脅迫しましたね?」

「つ、番!? 閣下とこの男が!?」


 冷や汗まみれの顔でアスカディアとミオーレを交互に見やり、心底驚いた様子だった。

 息子の勾留を聞いて屋敷から真っ直ぐ騎士団塔へ来たのだろう。ランディルが城で流した噂を聞いていないのも無理はない。


「ええ、私の番です。そしていずれアーデルハイト家の婿になるであろう男を小汚いボンクラ呼ばわりして、団内での信任の是非を問う高潔な再任裁定への権力介入を仄めかした。これは私への侮辱ですか? それとも陛下の剣と盾である騎士団を再び私物化しようと? それは立派な反逆だ」

「む、婿!?」

「なんだアスカディア、邪魔をするな」

「うっ……す、すまない、続けてくれ」


 なぜか赤面して声を張ったアスカディアに、ミオーレは眉をひそめる。何かおかしなことを言っただろうか。だが、理由を聞くのは後回しだ。

 番のフリとか、噂の信憑性を高めるためとか、そういう理屈はミオーレの中から吹っ飛んでいる。騎士であるアスカディアの誇りを目の前の堕落しきった男に貶されたことが、らしくなく衝動的な言動をしてしまうほど腹立たしいのだ。


「反逆など、ち、誓ってそのようなことは……! 閣下を侮辱するつもりもありません! 息子が急に捕らえられ、気が動転していて――」

「だが私が本当に腹が立っているのはそこじゃない」


 巨漢をぶるぶるさせてへりくだる後頭部を冷たく見下ろしたミオーレに、周囲の騎士たちから視線が集中する。彼らをぐるりと見渡して、ミオーレは続けた。


「彼らは陛下から剣を賜った騎士です。剣先が肩に触れた瞬間から騎士爵を得る。どこの出身で、誰の子だろうと例外はない。そこへ貴方は偏った差別思想を持ち込んだ。それは国家のために日々剣を振るう者たちへの侮辱です。彼らの忠誠を踏み躙った。貴方と同じ立場ある者として、私は貴方の発言を心から恥ずべきものだと思います」


 アルバンを公然と突き刺す薄紫色の瞳に、その場にいた誰もが釘付けになった。書庫へアスカディアを探しにきた若い騎士に至っては、目を輝かせて今にも飛び跳ねそうなほど。


「御子息の早期解放がお望みでしたね、スティレイ公」

「い、いえ、それはその……と、取り調べが済んでからでいっこうに構いません」

「なら取り調べは私が。五分で解放しましょう」

「へ……?」


 それはつまり、五分で吐かせるということ。

 呆けるスティレイを無視して、ミオーレは騎士団塔へ歩を進めた。

 スティレイを門前払いしていた門番は何も言わずとも道を開け、美しい敬礼を向けてくれる。他の騎士たちも同様に。

 牢への道中、取り調べを担当していた騎士がミオーレとアスカディアに状況を説明してくれた。端的に言えば完全黙秘だ。


「面倒だな。誰かを庇ってるか?」

「いいや。贔屓の花君に振り向いてもらえなくて薬を使うような小さい男だ。守りたいのは自分のプライドだけさ」


 ミオーレは淡々と答え、先導する騎士を追って牢を進む。

 辿り着いた先にいたのは、手錠をかられた腕を足の間でだらりとさせ、椅子に座り俯く青年。花筐の館のボディガードたちに手荒く制圧されたらしく、ジャケットもシャツもボロボロだ。

 アスカディアが看守に指示を出して、牢の鍵を開けさせる。扉が開く音がしても、青年は顔を上げなかった。


「また無意味な尋問か……。何度聞かれても俺は絶対に答えない。スティレイの家名にかけて、盟友に恥じる行為はしない!」

「そうか、なら話が早い」


 ミオーレは入り口付近にあった椅子を引いて、青年の正面に座った。

 青年は凛冷とした声にようやく顔を上げ、目の前に座す予想外の人物に目を見張る。しかもその背後には黄金の瞳を鋭く光らせた恐ろしい形相の男が仁王立ちしているではないか。

 宰相と騎士団長。まさかの組み合わせに、青年の目が泳ぎまくる。


「さ、宰相閣下が取り調べを……? こんなの越権行為だ!」

「これは私と騎士団長の合同捜査なんだ。陛下の許可もある。だから越権ではないよ。それより君の御父上が外でお待ちかねだから手短にいこう。あの薬は誰から貰った?」

「い、言えません、絶対に!」

「構わないよ。私は『スティレイ公の御子息は簡単に口を割った』と、グラングレイスの隅から隅まで流布するだけだ」

「なっ……!」


 それでは事実と違う。だがミオーレは粗末な椅子の上で足を組み替えて優美に微笑むばかり。


「薬を手にしているのは君だけじゃないんだろう? 貴族のコミュニティというのは、見栄と義理と建前の温床だ。君が見当違いな気高さを貫こうとしているお仲間は、私が流した噂を聞けばトカゲが尻尾を切るようにスティレイ家を切り捨てる。そして捜査の手が自分たちに飛び火しないよう、根回しに躍起になるだろう。人は焦ると必ず綻びを出す。私はその僅かな手掛かりを絶対に見逃さない。いいか、絶対にだ。だから君がこの場で真実を言おうが言うまいが、いずれ答えに辿り着く。まぁ、信用を失ったスティレイ家の評判は地に落ちるだろうけど」

「こ、こんなのは取り調べじゃない、ただの脅しじゃないか!」

「ひどい言い草だ、親切心で言ってるのに」

「どこが!」

「だって私は『スティレイ公の御子息が一切口を割ってくれなくてほとほと手を焼いた』と言うこともできるのだから」

「……!」


「なぁ、アスカディア?」と背後のパートナーに話を振る。


「そうだな。『俺の取り調べにも動じず気品を貫いた。スティレイ家の人間は気高く誇り高い』と口添えしてやってもいい」


 その答えに、ミオーレは満足そうに頷いた。

 どちらにせよ結末は同じだが、まるっきり違う印象操作になる。青年の血走った瞳は、水平線しか見えない海原を漂流するかのごとく右へ左へ泳ぎまくった。今にも溺れてしまいそうな形相で四肢の末端をぶるぶると震わせ、堪らず頭を抱える。

 約束の五分まであとわずか。ミオーレは小首を傾げてこれでもかと美しく微笑み、アスカディアは放つプレッシャーを強くする。

 これは後日談だが、この取り調べを牢の外で聞いていた看守は「俺、あのふたりにだけは絶対尋問されたくない」と震えた声で語ったとか。


「もう一度だけ聞く。あの薬を配ってるのは誰だ?」

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