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【なろう版】徒花の咲かせ方 ~欠陥オメガ宰相とワケありアルファ騎士団長の偽り番契約~  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
第二章

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10 それでも、誰かと一緒なら歩いていける

 ◇ ◇ ◇




 いつもならミオーレの隣はランディルの定位置なのだが、今ばかりは狭いソファにアスカディアと並び、正面に座って微笑むランディルからの圧をビシバシ受けていた。


「それで、アスカディアのラットを鎮めるためになし崩しでセックスしたと」

「「は、はい……」」


 弱々しく揃った返事に、ランディルは額を手で押さえて「んー……」と悩ましげな唸り声を漏らす。


「とりあえず、事情はわかった。……いいかいミオーレ、君のしたことはとても危険な行為だ。相手がアスカディアだったからまだこうしていられるけど、普通はラットのアルファを相手にしたら、問答無用でうなじを噛まれて番にされてしまう」

「それはフェロモンがあるオメガの場合でしょう」

「ミオーレ」


 少し低い声で、ランディルから諌めるように名前を呼ばれた。なぜか隣に座る黄金の瞳にもギロリと睨まれてしまう。ついさっき「噛みついてやる」と戒められたのを思い出して居た堪れなくなったミオーレは、「申し訳ありません」と喉奥から苦々しく謝罪を押し出した。


「ところで、アスカディアのラット疾患のこと、陛下はご存知だったのですか?」

「ああ。騎士団長に叙任する時、本人から聞いたよ」


 けろりと説明され、ミオーレは面食らってしまう。


「騎士団長の内辞を貰った時、俺は理由を話して一度断ったんだ。万が一のことがあれば、陛下が任命責任を問われてしまうだろ」

「じゃあ、オメガが騎士団で働くことを拒んでいたのも……」

「そこに私情を挟んだつもりはない。これまでの評議会で指摘したことが全てだ。だがまぁ、無意識にリスクを減らそうとしていたのかもな」


 もし騎士団内でオメガがヒートを起こせば、アスカディアは間違いなくラットに陥る。ミオーレはオメガの境遇には知見が広いが、アルファにもそんな事情を抱える者がいると、考えが及んでいなかった。

 それでも、王であるランディルは彼を騎士団長に任じ、ミオーレの法案を通した。この覆しようのない事実に、祈りにも似た覚悟を感じる。


「オメガバースに関係なく、誰だって完璧じゃない。ミオーレも、アスカディアも、この僕でさえ」


 自由の利かない右足を撫でながら、ランディルは言う。


「それでも、誰かと一緒なら歩いていける。そういう世の中にしていかないといけない。だから君たちをそばに置いた」

「陛下……」


 切なげに見つめるミオーレへ、エメラルドの柔和な視線が向けられる。それまでの空気を断ち切るようにパッと華やいだランディルは、白い歯を見せて笑った。


「でもまさか、引き合わせた次の日にこんな知らせを聞くなんてね」

「うっ……!」

「面目ありません」


 それぞれ硬直するミオーレとアスカディアを尻目に、ランディルの愉快そうな笑い声は続く。


「あっははは! いいよ。職務に支障を来さないなら、僕の側近が仲睦まじくしてくれるのは歓迎だ。これでドミトリオン帝の求婚も突っぱねられるし。まぁ僕としては、このまま本物の番になってくれても構わないんだけど」

「……だそうだが?」

「さっきだめだって言ったろ。陛下も、勝手を仰るのはお控えください」


 隣から向けられる意味深な視線を手の甲で振り払う仕草をして、ミオーレは恨めしげに幼馴染の王を睨んだ。

 そもそも、どうしてアスカディアは番になることに抵抗がないのだろう。一晩を共にしたくらいで情が沸くようなタイプには見えないのだが。


(……もしかして、これを機にアーデルハイト家に取り入りたいとか?)


 アスカディアはランディルが任命した騎士団長だが、下町出身ゆえ強力な後ろ盾もなく、政での立場が弱い。だがミオーレの番となってゆくゆくはアーデルハイト家に婿入りという話になれば、その懸念は見事に払拭されるだろう。だからランディルも番になることに好意的なのかもしれない。それだと辻褄が合う。きっとそうだ。

 そこまで考えて、ミオーレはこれからに思いを馳せてみた。純粋なアーデルハイトの血は途絶えるが、アスカディアが外で作った子どもを養子に迎えれば、家門は続く。ミオーレは宰相としてランディルを支え続け、アスカディアはアーデルハイトの名を冠して強固な騎士団を率い、国を守る。完璧だ。理想的な未来だ。番は無理だが望むなら婿にしてやってもいいと、何かの機会に伝えてみようか。そうしたらもう、あんな思わせぶりな行為もしなくなるはず。


「それで、そんなことがあった花筐の館で収穫はあったのかな?」


 そこで運よくランディルが本題を切り出してくれて、ミオーレは内心ほっと息をついた。今は仕事のことを考えていた方が、気が紛れる。

 マダムから聞いたライネルの研究の件、そしてアニーに使われたヒートを引き起こす薬について、ミオーレは報告を始めた。




 ◇ ◇ ◇




 報告を聞いたランディルから、すぐにロベリア前女王との謁見の許可が出た。

 今はロベリアが静養する離宮の一室で、彼女の支度が終わるのを待っている。アスカディアと二人で。


「てっきり陛下が同席してくれるものだと思っていたんだが……」

「あの母子は少し特殊でね。昔から折り合いが悪い……というより、陛下に会うとロベリア様が一方的にヒステリーを起こす」


 ――母上は最近ようやく容態が落ち着いたばかりなんだ。僕が顔を見せて心を乱してほしくない。


 そう寂しそうに言ったランディルを思い浮かべ、ミオーレは窓辺の壁に預けた肩を軽くすくめた。


「ロベリア様はライネル様が指定したアルファ男性を王配に迎えて、ランディル陛下を身ごもった。ロベリア様もアルファだから、アルファ同士の子は珍しい」


 アルファ女性はオメガ男性のように両性の特徴を有する。ほとんどの場合はオメガと子を成すのだが、オメガを徹底的に侮蔑していたライネルは、それを許さなかった。輪をかけて最悪だったのは、ライネルが女性軽視の思想を持ち合わせていたこと。アルファの女は異端であるとまで言い放ち、自分の娘であるロベリアのアルファ性をことごとく叩き潰して、ただの女にしようとしていたのだ。


「ロベリア様はご自分の本質を見失い、お心を病まれた。さらには生まれた子の右足が壊死していたことで、ライネル様のロベリア様への当たりはいっそう強まって……」


『国中を探して優秀なアルファを拵えてやったのに、出来損ないを生むなんて』と――。

 出産を経て急激に精神が不安定になったロベリアは、早々にランディルの育児を放棄してしまった。ミオーレは幼い頃からランディルと共に過ごしてきたが、あの母子が一緒にいるところを一度も見たことがない。


「陛下を見るたびに、ロベリア様はご自身が浴びせられた罵詈雑言の数々を思い出して発作が起きるらしい。アルファだが繊細な御方なんだ。……まぁ、全て父から聞いた話だけど」

「お前の親はたしか、ロベリア様の側近だったな」

「うん、今の私と同じく宰相をしていた。……十年前、馬車の暴走事故に巻き込まれて亡くなるまでは」


 灰色の雲が立ち込めて今にも雨が降り出しそうな空を窓辺で眺めながら、どこか遠くを見るようにミオーレが言う。

 両親を一度に亡くした時の記憶は曖昧だ。きっとある種の防衛本能が働いて、忘れたふりをしているのだろう。

 事故が起きたのはミオーレが十歳になったばかりの頃。家族揃って街を歩いていたら、道路の向かいから突然馬車が突っ込んできた。自分を庇って馬と車輛に押し潰された両親は即死。ミオーレ自身も重傷を負って、しばらくは死んだように塞ぎ込んでいた。

 アスカディアは痛々しげに眉を寄せ、辛苦の声を漏らす。


「すまない、つらいことを思い出させてしまった」

「私も昨日君に同じことをしたから、お互い様だ。……ところで、私からもひとついいか?」

「ああ、なんだ?」


 要求を通す最大のチャンスは、相手が罪悪感を抱いた時。普段なら突っぱねられるようなことも、申し訳なさを感じている時は物事の許容範囲が広くなる。

 こんな時でさえそんな駆け引きを思い浮かべてしまうのだから、ミオーレは自分がとても嫌な奴に思えて、心の中で自嘲した。


「花筐の館でラットを起こす前から、君はオメガの娼婦たちに怯えているように見えた。差し支えなければ過去に何があったのか、教えてほしい」

「…………」

「新法案が本格的に執行されたら、多くのオメガが社会に出ることになる。そのことでアルファが被るかもしれない被害があるなら、事前に備えておきたいんだ。オメガもそうだが、アルファもベータも守られるべき存在でなければならない」


 口からスラスラと出てきたのは、それっぽい理由の建前。もちろん嘘ではないが、本音はアスカディアの過去に何があったのか知りたいだけだ。我ながら小賢しくて嫌になる。


「……娼館のオーナーが良い人で、母が死んだあとも俺はしばらくそこで働いてたんだ」


 昔話が始まると、暗くなった空から落ちた雨がぽつりぽつりと窓を叩いた。

 行く当てのない孤児を小間使いとして置いてくれたオーナーには感謝していると、アスカディアは言った。そこで働く娼婦たちも、仕事仲間の忘れ形見である自分を可愛がってくれたと。


「その日もいつも通り、使用済みの部屋の片付けをしてた。そうしたら顔馴染みの娼婦が近づいてきて……」


 彼女は母と同じくオメガの娼婦だった。

 もう次の客が入ったのかと思って片付けを急ごうとするアスカディアの背後で、扉の鍵が閉まった。異変に気づいて振り返った時にはもう、噎せ返るほど濃いフェロモンを撒き散らした彼女にベッドへ押し倒されていた。

 その後何をされたかはさすがに濁されたが、察するには余りある。絶句して言葉を失うミオーレを横目に、アスカディアは自嘲気味な笑みを浮かべて続けた。


「その頃は第二性の検査前で自分がアルファだと知らなかったが、彼女は本能的に気づいてたんだろうな。アルファの客は滅多に下町に降りてこないから、満たされない本能を十歳の子どもにぶつけたんだ」


 自分がヒートになる頃合いを見計らって、アスカディアを籠絡しようとした。仕事柄オメガのフェロモンには慣れていても、ヒート時の濃度は別物である。ましてや性交経験のない子どもがまともに浴びておかしくなるのは当たり前だ。快楽よりも本能に理性を食い潰される恐怖に震えた、思い返すのも恐ろしい体験だった。


「その一件以来、どうにも過敏になってしまってな。少しでもヒートのオメガの匂いを嗅ぐと昨日みたいなことになる。医者が言うには未成熟な時期にヒートのフェロモンを浴びた後遺症らしい」


 オメガがヒートを利用してアルファを襲うことを、俗にヒートアタックと呼ぶそうだ。そんなこと、ミオーレは今まで考えもしなかった。

 だがアスカディアが言うには、下町ではよくあることらしい。下町で暮らすのはベータの住民がほとんどで、アルファに抱かれたいという本能が満たされずに苦悩しているオメガが多い、と。


「ラットの件で娼館に置いておけなくなった俺を、オーナーは騎士団に連れて行った。騎士団はアルファなら年齢も出自も問わず入団できるから。そして別れ際にオメガの面倒をみていた下町の医者をこっそり紹介してくれたんだ。本当に、最後まで面倒見の良い人だった」


 アスカディアが下町の診療所に通っていた理由は、やはりラットの抑制剤を処方してもらうためだったらしい。だが長年薬を服用し続けた結果、その効能はもうないに等しい。昨夜のようなトラブルに巻き込まれるのは、アスカディアにとって致命的だ。新法案の運用が始まれば、そのリスクがぐっと増えることになる。


「私は君にとって、とてもつらい法案を押し通してしまったんだな……」

「まさか、悔いているのか?」


 意外そうに聞かれて、ミオーレは下唇をきゅっと噛み締めて俯いた。組んでいた腕に力を入れて、ともすれば震え出しそうな自分を抱きしめる。


「……いいや。これまで虐げられてきたオメガのことを思えば、悔いてはいない。ただ、私がオメガ以外の事情を蔑ろにしてしまっていたことも事実だ。もっと検討の余地はあったはずなのに……」

「だが最後に指輪を外して賛同したのは俺だ。そこまで思い詰めなくていい」

「でもっ……!」


 自身に憤り俯いたミオーレの視界の隅で、濃紺色の隊服が片膝をついた。

 ハッとして顔を上げたミオーレを、金色の瞳が射抜く。


「ランディル陛下も言っていただろう。完璧な者などいない。改善が必要な部分は都度正していけばいい。重要なのは新しい試みを試みのままで終わらせないことだ」

「それはそう、だが……」

「それにもし何かあっても、ミオーレが俺を助けてくれるんだろう?」

「……うん。君を救うと約束した」


 そう決心して、身体を許した。真実を知って、その決意が揺るぎないものに変わる。

 すると、跪いていたアスカディアが不意にミオーレの手を取った。


「じゃあ、俺と本物の番になってくれるか?」

「それはだめ」

「…………」


 アスカディアの端正な真顔を見下ろし、徹底拒否の構えを取った。やはり顔は最高に好みだが、それとこれとは別なのだ。


「でも君がトラウマを克服できるように、協力は惜しまないつもりだよ。私との性行為に慣れてきたら、他のオメガとも試してみるといい。気が合いそうな花君も紹介してやれる」

「お前じゃないと無理だ」


 いじけたように言うので、拗ねた子犬に見えて可愛らしいと思ってしまった。

 そんな風に言ってもらえるのも、きっと今だけなのだろう。過去のトラウマを克服し、オメガのフェロモンを怖れなくなれば、ミオーレは御役御免になる。偽りの番契約も、その頃には解消してやらないと。

 そう思ったとたん、言いようのない寂しさが胸に広がる。

 この寂しさの理由を考える前に、扉をノックして侍女が現れた。片足を下げて恭しく礼をする所作は美しく、さすがは元女王の側近だと感服する。


「アーデルハイト宰相、イヴェール騎士団長、お待たせしました。ロベリア様のご準備が整いましたので、ご案内いたします」

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