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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪役令嬢に仕立てられ婚約破棄された上に国外追放されかけましたが、家宝の特殊能力で復讐の剣姫となります。

作者: ケンゼン
掲載日:2025/12/03

「リザロンド・シュッツガルド! 貴様との婚約を破棄する!」


 フォボルディ王国王城、大広間。

 きらびやかな装飾の施されたそこで、第一王子マルクス・フォン・フォボルディの声が響き渡った。


「…………え?」


 リザロンドは、何を言われているのかわからなかった。

 今日は王国立学園の卒業式。

 そして、リザロンドとマルクスの婚約が正式なものになる晴れやかな日。


 そのはずだった。


「な、なぜ、ですか……? マルクス様」


 かすれた声で聞くと、マルクスは嫌そうな顔をした。

 美しい顔立ちの人間が嫌悪を示すとき、向けられた相手は背筋が凍る思いをする。

 リザロンドもそうだった。


 さらにざわめく人々の視線もリザロンドを追い詰める。

 教師、生徒、下級生、同級生。

 見知った人々の好奇の目が、リザロンドの足をガクガクと震わせ、力を失わせようとした。


「わからないのか? 本当に?」

「……は、はい」


 リザロンドが答えると、マルクスは傍らにいた女性──聖女のシエラの肩を抱き、自らの胸に抱き寄せた。


「貴様は私とシエラの仲に嫉妬し、彼女に嫌がらせをしたな」

「……え?」

「白を切っても無駄だ。証拠は揃っている。そうだな」


 マルクスが言うと、周囲にいた生徒や近衛兵たちが男女問わず頷いた。

 中には友人と思っていた者の姿もある。


「そしてつい先程、お前の両親を国家に対する反逆の罪で捕らえた」

「なっ!? ど、どういうことですか? お父様とお母様が……反逆……?」


 寝耳に水だった。

 あの温厚で国王に対して忠誠を誓う両親が反逆とは、リザロンドには信じられなかった。


「当主が捕まったわけだ。当然、伯爵家は取り潰し。屋敷も入れないよう兵士を配置し、使用人たちもすべて解雇してある」

「そん、な……いったい、なにが……」


 次々に浴びせられる言葉に困惑する。

 理解が追いつかない。

 そんなリザロンドを嘲笑するように、マルクスと聖女シエラが笑みを浮かべる。


「つまりあなたに帰る家はない、ということです。この国には」

「シエラの言うとおりだ。シエラに対する嫌がらせにとどまらず、まさか両親まで犯罪者とは。これではたとえ、貴様とは吐き気を催すが愛があったとして婚姻することはできまい」

「待って、待ってください……いったいなにが……私には何が起こっているのか……」


 自分の知らないところで恐ろしいことが起こっている。

 それは理解できるが、心の整理も納得もできない。

 しかしそんなリザロンドに、マルクスは心底軽蔑したような冷たい瞳を向ける。


「貴様のそういう愚鈍なところが嫌いなんだ。出ていけリザロンド。王城だけではない、国外追放だ」

「そんなっ……! ま、待ってくださいマルクス様! 私には本当に何が起きているのか……」

「これは私の温情だ。気が変わらないうちに失せろ。衛兵!」

「はっ!」


 まるで最初から取り決められていたかのように、衛兵たち三人がリザロンドに駆け寄ってくる。

 伯爵令嬢リザロンドに抵抗するすべはなく、すぐに取り囲まれ、拘束された。


「待ってください! お願いです! 私の話を聞いてくださいマルクス様! マルクス様!」


 リザロンドは必死に叫ぶが、衛兵たちに引きずられて大広間を追い出される。

 なぜ? どうして? 一体何が起きているの?

 リザロンドの疑問に答えるものはいない。


 そして、大広間の扉が閉まる直前だった。


「私、マルクス・フォン・フォボルディは聖女シエラ・ロートと正式に婚約することをここに発表する!」

「………………え?」


 そしてリザロンドが元婚約者と聖女が熱烈なキスを交わす姿を見ると同時に、扉が完全に閉まった。


ー・ー・ー・ー・ー


 国境近くの森の中を、一台の馬車が走っている。

 貴族が使用するものではない。

 荷馬車に幌をかぶせただけの粗末な馬車だった。


 御者に衛兵がひとり。

 馬車の中にはふたりの衛兵と、大広間から連れ出された格好そのままのリザロンドの姿があった。


 リザロンドは無言だった。

 硬く握りしめた拳を太ももの上に置いて、俯いている。

 下唇を噛み、必死に泣くのを堪えていた。


 どうして、こんなことになっているのか。

 第一王子の婚約者に選ばれてしまってから、好きな人のことは諦めた。

 子どもながらに本当に愛していた人を心の奥にしまい、王子の妻になることを覚悟した。


 厳しい王妃教育を受けた。

 スケジュールは多忙を極めたし、まともな休日なんて一日もなかった。

 それでも、国母となるべく必死についていった。


 そして今日、リザロンドは未来の王妃として、第一王子の正式な婚約者としてお披露目されるはずだった。


 だが蓋を開けてみれば、結果はこの有様だ。

 誰が予想できるだろう。

 未来の王妃から、国外追放の憂き目に遭うなど。


 さらに父母が捕らえられ、使用人たちが路頭に迷ったという件にも心を痛めた。

 せめて会って話をしたかった。

 そんな時間すら、リザロンドには与えられなかった。


「あんた、王宮でなんて呼ばれてるか知ってるか?」

「……はい?」


 ふいに、目の前にいた衛兵が話しかけてきた。

 クリフという名の衛兵だった。

 野卑で嫌な目つきをした男だ。


「悪役令嬢さ。巷で流行っている物語の悪役に倣ってな」

「……悪役令嬢……? どうして、私が……」

「聖女様と王子が結婚するためさ」


 答えたのは隣に座っていた衛兵、ベルナーだった。

 不健康そうな顔をしているが、リザロンドを見る目だけはギラついていて不気味だ。


「聖女はあんたよりも胸はデカいし、あっちの締りも良いらしい。顔も男好きする。王子はありゃ、もう何度か寝てるな」

「違いない」


 何が面白いのか、男たちが下品なことを言って笑う。

 リザロンドにはそれが何のことかわからなかったが、不快な感情を想起させられる。


「つまりさ、リザロンド。あんたと正式に婚約破棄するのは面倒だ。それに相手は聖女だ。教会との関係も拗れるし、余計な民の感情を煽りたくない。そうなったらどうすればいいか、わかるか?」


 クリフがニタニタと嫌な笑みでリザロンドに顔を近づける。


「あんたを含めて伯爵家の罪をでっち上げて、婚約者変更が正当であると認めさせればいいのさ。さらにあんたが聖女に嫌がらせをしていたなんて話があれば、ボンクラな民衆はまるで物語みたいと手を叩いてはしゃぎだす」

「ひひひ、目に浮かぶなぁ。嫌がらせをする悪役令嬢からさっそうと聖女を救う王子。そしてふたりはそのまま恋仲に。いかにも民衆が好きそうな話じゃねぇか。なぁ?」


 ベルナーがジトッとした目で、リザロンドを覗き込んだ。

 たまらず顔を逸らす。

 しかしベルナーの手が、リザロンドの顎を掴んで無理やり振り向かされる。


「いやっ!! 何をするんですか!」

「ひひひ、いやっ! だってよ。さすがいいとこの令嬢はそそる悲鳴を聞かせてくれる」

「おい、そろそろいいだろ。やるぞ」

「……え?」


 気づけば、馬車が止まっていた。

 幌の中を、ずんぐりとした体型の御者の衛兵が覗き込んでいた。


「た、助けてっ……!」


 思わずリザロンドが助けを呼ぶも、御者の衛兵はクリフとベルナーと顔を見合わせ、大声を上げて嗤った。


「ひゃはは! 助けてって、いったい誰に言ってるんだよ。令嬢様ってのは、案外モノ知らずのバカなんだなぁ」


 御者の衛兵、シトールの嘲りを合図に、衛兵たちによってリザロンドは馬車から引きずり下ろされる。


「いやぁっ! やめてっ! やめなさいっ!」


 美しい黄金の髪を乱暴に引っ張られ、身体をまさぐられながら地面に引き倒される。

 暗い森の中、舗装も満足にされていない道で、地面に背中を強かに打った。


「がっ、げふっ、がふっ……」


 たまらず咳き込むリザロンドを心配することもなく、男たちはリザロンドを押さえつけた。

 両手が押さえられ、クリフがリザロンドの脚の間に腰を入れる。


「いやっ! いやぁっ!」

「叫んでも誰も来やしねぇがな、俺はよく鳴く女が好きだからもっと鳴いていいぞ」

「ひっ……」


 クリフがべろりと下唇を舐めて自らのズボンに手をかける。

 辱められる。

 誰がどう考えても、これはそういうことだった。


 何のための生だったのか。

 こんな結末のために生きてきたわけじゃないのに。


「それにしても王子もひどいな。こんなに頑張った令嬢を俺らの好きにさせてくれるなんて」

「ひゃはは! 最高の間違いだろ。おい、悪役令嬢。あんたもただ死ぬんじゃ可哀想だからな。女の悦びを教えてやるよ」

「ひひひ、偉そうに。そうだ、誰が最初にこの悪役令嬢をイかせられるか賭けをしようぜ」


 男たちの最低で最悪な会話が進んでいく。

 目の前が真っ暗になっていく。

 絶望だった。


 すべてが崩れた。

 これまでの努力が、希望が、嫌なものに塗り替えられていく。


 お父様、お母様、みんな、ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。


 こんな辱めを、仕打ちを受けるぐらいなら、いっそこの場で──。


 絶望の果て、リザロンドは自らの舌を噛み切ろうとする。


 次の瞬間だった。


 カッ、とリザロンドの胸元が光った。


「ぐわっ!?」

「なんだっ!?」


 衛兵たちが怯むほどの強い光だった。

 リザロンドも何が起きたかわからなかった。

 男たちよりもいち早く理解できたのは、光ったのは自分の胸元、父母が今日の日のために持たせてくれた家宝のペンダントだった。


『剣を取りなさい。戦うのです。我が守護すべきものよ』


 続けて、頭の中に響いた声。

 それは突然だったにもかかわらず、リザロンドを安心させる温かさがあった。


 そしてリザロンドは、自身でも信じられないほどの速度で動いた。

 怯んだ男たちから押さえられていた腕を抜き、無防備になったクリフの腰から剣を抜く。


「がっ……!?」


 抜くと同時だった。

 剣の切先がクリフの顔に突き刺さっていた。

 リザロンドは脚を折り曲げ、クリフの胸を蹴り飛ばす。


 クリフの顔から剣が抜ける。

 リザロンドは蹴りつけた勢いのまま後転し、目がくらんでいたベルナーとシトールの背後に立つ。


「はぇ……?」


 シトールの頭が地面に落ちる。

 首から血が噴き出し、身体が前に倒れた。


「ひぃっ?!!」


 驚くべきことにベルナーは反応して剣を抜いたが、細腕のリザロンドのものとは思えないほどの力で剣を弾き飛ばされ、そのまま胴体を切断された。


 一瞬だった。

 どんな剣豪すらもなし得ない早業を、剣を握ったこともない令嬢がやってのけたのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 人を殺した。

 初めて握った剣で、躊躇いなく人を斬った。


「あぁ……」


 リザロンドは小さく声をこぼした。


 それは殺人への罪悪感か、それとも安堵のため息か。


「……」


 もうペンダントは話しかけてこなかった。

 残されたのは、剣を握り、人を斬り捨てた令嬢がひとり。


 恐ろしいことをした。

 決して許されないだろうことをした。


 けれど、“それがどうしたというのだろう”。


 早鐘を打っていたリザロンドの心臓が、少しずつ落ち着いていく。

 絶望していたはずの心が、クリアになっていく。


 自分のやれることがわかった。

 自分にまだ、やれることがあることを知った。


「悪役令嬢……」


 ぼそりと呟く。

 王妃教育で忙しい中でも、市井の流行については少しだけ知っていた。

 そのような物語を読んだこともある。


 悪役令嬢は全員、自業自得だと思う。

 悪いことをして、人として最低なことをして、人を害していたのだ。

 娯楽の読み物として、そんなひどい人物なんていないだろうと思う人物像で描かれている。


 けれどそれでいいのだ。

 娯楽なのだから。


 だが、その役割を現実の自分が背負わされるというのなら話は別だ。


 つい先程まで自ら命を絶とうとしていたリザロンドの瞳には、ゆらりと強い輝きが灯っていた。


「…………許さない」


 面倒だから。

 そんな理由で優しく温厚な父母は投獄され、良くしてくれた使用人たちは解雇された。


 美しい聖女と結婚したいのならすればよかった。

 煩雑な手続きや民や貴族からの反発なんて跳ね除けて、愛を貫けばよかった。

 それぐらい、面倒臭がらずにしろ。

 そう思った。


 人ひとりの、いや伯爵家ひとつを取り潰すほどの必要は絶対になかった。


 こんな目に遭わされる必要なんて、絶対になかった。


「……許さない」


 王子の婚約者であり、未来の王妃となるならば美しくあれ。

 そう教えられ、美しく保ち続けた黄金色の髪を掴み、剣でバッサリと切る。


 淑女であれ。

 そう教えられ、美しく着飾り、足元まで包んだドレスのスカート部分を斬り捨てる。


 馬車の幌を斬って剥ぎ取り、身体にローブとして巻き付ける。


 二頭いた馬を一頭逃がし、もう一頭に跨る。

 ペンダントは剣技だけではなく、馬術も身体に叩き込んでくれたようだ。

 馬はおとなしく、リザロンドの命令に従ってくれた。


 隣国との国境にある森の中から、一頭の馬がフォボルディ王国へ向かって駆けていく。

 馬上には、短い髪を揺らし、冷たい瞳をした令嬢が乗っていた。


「いいでしょう、王子、取り巻きの皆様、そして聖女──」


 馬上の令嬢、リザロンドはまっすぐに自分が生まれ育った王国、そして王城を見据えていた。


「あなたがたが望む悪役令嬢、見事に演じきってあげますわ」


 リザロンドは口調さえも変え、腰に佩いた剣を握りしめた。



 ──復讐の剣姫。


 フォボルディ改めシュッツガルド王国に今なお語り継がれる、悪役令嬢の汚名を着せられた初代女王が悪政を斬り捨て、見事復讐を果たす実話に基づく物語である。


呼んでいただきありがとうございました!

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