2000年代の欧州
2000年代の欧州は、1990年代に明らかになった悲惨な状況から大きな変化はなく、依然
として停滞と孤立の時代が続いていました。TPTOによる衛星偵察で実態が明らかになっ
たものの、大規模な支援は行われず、欧州は自力での生存と秩序の再構築を模索する時代
となりました。
経済と社会:停滞の固定化
2000年代になっても、欧州の経済は回復の兆しを見せませんでした。核攻撃とソ連軍に
よる略奪で失われた産業基盤やインフラは再建されず、慢性的な食糧難と貧困が続きまし
た。人々は依然として、物々交換や自給自足の生活を基本としていました。医療も依然と
して崩壊しており、放射線被ばくによるがんや遺伝子疾患、伝染病が蔓延し、人口は増加
することなく、むしろ減少傾向にありました。
政治:地方的な秩序の定着
1980年代に形成され始めた地域の軍閥やコミュニティは、この10年で支配体制をより強
固なものにしました。国家としての統一機能は依然として存在しませんでしたが、各地域
では軍閥や有力者による独自の「秩序」が定着しました。これにより、1970年代のよう
な無秩序な暴力は減少しましたが、地域間の対立や小規模な武力衝突は依然として続いて
いました。この時代、ヨーロッパは「多数の小さな独立国家」の集まりと化していたと言
えます。
国際関係:完全な孤立
2000年代も、欧州はTPTO(環太平洋条約機構)を中心とする世界から完全に孤立してい
ました。パナマ運河やスエズ運河の破壊は修復されず、欧州への大規模な物資輸送は依然
として不可能でした。TPTOは、欧州を過去の遺物として認識しており、資源を投入する
価値がないと考えていました。欧州のニュースは世界の主要なメディアではほとんど報道
されず、欧州は世界の歴史の表舞台から完全に姿を消していました。
この時代の欧州は、単なる荒廃ではなく、その悲惨な状況が「新しい日常」として定着
してしまった時代でした。人々は文明の利器をほとんど失い、厳しい生存環境の中で、
細々と命をつなぐ日々を送っていました。




