1990年代の南米
1990年代の南米は、TPTO(環太平洋条約機構)の戦略的選択によって固定化された二極
化が深まった時代です。太平洋岸は限定的な安定を享受しましたが、大西洋岸は引き続き
混沌とした状態に置かれました。
太平洋岸:TPTO依存体制の固定化
1990年代の太平洋岸諸国は、TPTOへの依存を強め、TPTOの経済圏に深く組み込まれまし
た。TPTOは、チリの銅やペルーのニッケルといった貴重な鉱物資源の安定供給を確保す
るため、これらの国々の沿岸部の政府と協力関係をさらに強固なものにしました。TPTO
の技術・経済支援は、これらの地域を内陸部の混乱から隔絶させ、限定的ながらも復興を
遂げさせました。TPTOの軍事プレゼンスは、太平洋のシーレーンを保護し、南米からの
資源供給ルートを確保するため、太平洋岸の港湾に維持されました。
大西洋岸:混沌の継続と孤立
一方、大西洋岸の国々は、TPTOの関与がないまま、依然として混沌とした状態に置かれ
ました。1970年代から続く内戦や政治的混乱は収束する兆しを見せず、食糧不足や貧困
が慢性化しました。TPTOの経済圏から完全に切り離されたこれらの国々は、世界の主要
な貿易ネットワークから忘れられた存在となりました。TPTOは、大西洋岸の混乱を「緩
衝地帯」と見なし、莫大なコストをかけて介入するメリットがないと判断し、放置しまし
た。
このように、1990年代の南米は、TPTOの戦略的選択によって、沿岸部の「安定」と内陸
部の「混沌」が固定化された時代となりました。




