1990年代のアラブ
1990年代のアラブは、1980年代の混乱が収束に向かい、TPTO(環太平洋条約機構)の石
油外交がもたらした新たな秩序が定着した時代です。
1990年代の産油国:TPTO依存体制の固定化
サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦などの主要産油国は、TPTOの軍事的・
経済的支援を背景に、国内の政治的・部族的対立を抑え込み、支配体制を強固なものにし
ました。
* 石油利権の安定: TPTOは、これらの国々の油田と港湾を保護し、石油の安定供給を確保
しました。これにより、TPTOの石油供給システムにこれらの国々が深く組み込まれるこ
とになりました。
* 限定的な復興: TPTOの支援は、石油産業に関連するインフラに限定されました。都市の
一部は再建されましたが、国民全体の生活水準は依然として低く、貧富の差は拡大しまし
た。国民の不満は潜在的に残っていましたが、支配層はTPTOの軍事力に守られ、権力を
維持しました。
1990年代の非産油国:混沌の継続と孤立
一方、石油資源を持たないアラブ諸国や、内陸部の地域は、TPTOの関与がないまま、依
然として混沌とした状態に置かれました。
* 内戦と貧困: 内戦や部族間の争いは収束せず、飢餓と貧困が慢性的に続きました。医療
や教育といった社会インフラはほとんど機能しておらず、人々は厳しい生存競争に直面し
ました。
* 国際的な孤立: TPTOは、これらの地域を戦略的価値がないと見なし、支援を行うことは
ありませんでした。欧州と同様に、これらの地域は世界の主要な貿易ネットワークから完
全に切り離され、国際社会から忘れられた存在となりました。
まとめ
1990年代のアラブは、TPTOの石油戦略によって二極化が固定化された時代でした。TPTO
の保護下にある産油国は限定的な安定を享受しましたが、それ以外の地域は荒廃し、復興
の希望が見えないまま放置されました。TPTOは、中東の不安定さを自らの利益に転換す
る、冷徹な現実主義者として振る舞い続けました。




