ソ連崩壊の流れ(1975〜1989)
1975〜1979:威信の頂点と限界
• 1975年、有人月面着陸「ルナ・トルード1号」で一時的に国威回復。
• だが、西部戦域が焦土化したままで復興は遅々と
して進まず。
• 国内インフラ(鉄道・発電・農業)が崩壊状態で、物資不足が常態化。
• 米国崩壊で唯一の超大国を自称するが、実際には国力は戦前の半分以下。
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1980〜1984:火星計画の発表と国家疲弊
• 1980年、ブレジネフ政権が「火星有人探査計画」を公式発
表。
• 1984年の打ち上げを目指し、国家予算の15%超を宇宙開発に投入。
• 食料輸入に依存しながら、国民には「耐乏生活」を強要。
• 中央アジア・シベリアの資源開発も労働力不足で停滞。
• 西方諸地域では黒市経済と犯罪組織が台頭、モスクワの統制力が弱まる。
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1985〜1986:失敗と混乱
• 1985年、無人火星船試験機を打ち上げるが第2段ロケット爆発。
• 1986年、有人火星探査の予算削減が決定的となり、計画中止が事実上確定。
• 国家プロパガンダの象徴だった火星計画の頓挫は、ソ連国民の失望と地方の不満を爆発
させる。
• 同年、バイコヌールで燃料爆発事故が発生、数十名の宇宙飛行士候補と技術者が死亡。
• 事故を隠蔽しようとした政府に対し、軍内部でも不信感が高まる。
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1987〜1988:分離と内戦の兆し
• バルト3国・ウクライナ・コーカサス諸地域で独立運動が再燃。
• カザフ・ウズベクなど中央アジア共和国も資源収奪に反発。
• 沿海州・シベリアでは地方軍管区がモスクワの命令を拒否、事実上の自治状態。
• 食料配給の崩壊により都市部で暴動多発。
• モスクワは軍を投入するが、兵站不足で鎮圧不能。
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1989:崩壊
• 1989年春、ウクライナとバルト3国が事実上独立を宣言。
• 中央政府は首都防衛を優先し、遠隔地の統制を放棄。
• 夏には極東軍がモスクワとの関係を絶ち、沿海州は独立的行動を開始。
• 秋、連邦最高会議が機能停止し、事実上ソビエト連邦は解体。
• 旧ソ連地域は複数の共和国と軍閥支配地帯に分裂。
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崩壊の要因
1. 戦後のインフラ・人口喪失
→ 第三次世界大戦で西部が壊滅、労働力不足が恒常化。
2. 火星計画の国家負担
→ 巨額投資の割に成果なし、国内生活水準の低下を加速。
3. 地方の離反と軍の分裂
→ 遠隔地軍区がモスクワの命令を拒否、半独立化。
4. 情報統制の崩壊
→ 衛星通信や密輸情報で国外状況が知られるようになり、政府プロパガンダの効果低
下。




