1980年代の欧州:絶望と新たな秩序の萌芽
1980年代の欧州は、核戦争とソ連軍による略奪の爪痕から未だに立ち直れず、停滞と絶
望の時代が続いていました。しかし、1970年代の無秩序な混乱とは異なり、この時代に
は、各地域で新たな秩序を模索する動きがわずかに見られるようになりました。
1. 荒廃と生存競争の継続
* 慢性的な食糧難と貧困: 核の冬とソ連軍による略奪のダブルパンチにより、農業生産は
壊滅的な状態でした。人々は慢性的な食糧難に苦しみ、食料や物資を巡る争いが絶えませ
んでした。
* 医療の欠如: 医療インフラの崩壊は続き、放射線被ばくによるがんや遺伝子疾患、そし
て伝染病が蔓延しました。人々は適切な治療を受けることができず、平均寿命は著しく短
くなりました。
* 人口の減少: 飢餓、病気、暴力により、欧州の人口は激減しました。特に都市部は廃墟
と化し、人々は食料を求めて農村部や郊外へと移動しました。
2. 地域的な秩序の形成
* 軍閥の安定化: 1970年代に乱立した軍閥や自警団は、互いの勢力圏を確立し、比較的安
定した支配体制を築き始めました。これは国家としての機能には程遠いものの、地域的な
治安はわずかに改善されました。
* コミュニティの再構築: 生き残った人々は、廃墟となった都市や村で小さなコミュニ
ティを形成しました。彼らは物々交換や自給自足の生活を送り、互いに協力して厳しい生
存環境を乗り切ろうとしました。
3. 世界との決定的な断絶
* 完全な孤立: パナマ運河やスエズ運河の破壊により、欧州は世界の主要な貿易ルートか
ら完全に切り離されました。新たな世界の中心である太平洋圏(JAA)からの支援や交流
は皆無でした。
* 歴史の「後背地」化の固定化: 欧州の悲惨な状況は、国際社会からほぼ忘れ去られまし
た。世界のニュースは、JAAを中心とした太平洋圏の動向や、分裂した米国の状況に集中
し、欧州は世界の歴史の表舞台から完全に姿を消しました。
この時代の欧州は、悲惨な状況は変わらないものの、無秩序な混乱期は過ぎ去り、地域
ごとの小さな秩序が形成されつつありました。しかし、それはあくまで生存を目的とし
たものであり、大規模な復興や文明の再建には程遠い状況でした。欧州は、世界の「病
める大陸」として、ただひたすら苦難の道を歩み続けることになります。




