30/128
1980年代のソ連:無謀な火星計画と国家崩壊
1. 背景
• 1975年の有人月面着陸は国威発揚には成功したが、経済的には大打撃。
• それでもブレジネフ政権は「次は火星」という路線を決定。
• 国内外へのアピールと共産圏の求心力回復が狙い。
…
2. 火星計画
• 発表:1978年、1986〜88年に有人火星探査を実施する計画。
• 構想:
• 改良型超大型ロケット「N2」。
• 複数モジュールで構成される巨大火星船(打ち上げ重量500t超)。
• 月面基地を補給拠点として利用。
• 問題点:
• 食料・酸素循環技術は未成熟。
• 大気圏再突入時の耐熱技術も限界。
• 国家予算の15〜20%を宇宙計画に注ぎ込み、国内インフラは荒廃。
• 結果:
• 1986年の無人試験打ち上げ失敗(第2段爆発)。
• これを契機に経済危機と地方の反乱が一気に拡大。
• 1987〜88年、連邦崩壊。火星計画は廃止。
…
3. 宇宙開発の末期状況
• 宇宙ステーション「サリュート」系列も予算削減で縮小。
• 打ち上げ数は1980年代後半には年数回に低下。
• ソ連の宇宙技術者やパイロットの一部は日本や第三世界に流出。




