第八章 家族バレ
これまで“秘密の活動”だったSNSが、ついに家族の前に晒される章。親の不安、父の理解、弟の茶化し。緊張と笑いのなかで、美咲は「失敗する自分」を堂々と肯定するようになっていく。
日曜の昼下がり。外はぽかぽか陽気で、窓から差し込む光が部屋を柔らかく照らしていた。
美咲はベッドの上で仰向けになり、スマホを両手で掲げていた。
(フォロワー三万人……嘘みたい。合コンで唐揚げを詰め込んだ写真が、まさかここまで伸びるなんて……)
画面をスクロールするたびに「いいね」の数が増えていく。通知はほとんど鳴り止まない。
コメントもひっきりなしに流れ込む。
「唐揚げ食べてる顔が最高すぎる」
「元気出たよ!ありがと!」
「失敗っていうより天性のエンタメ女王」
美咲は「いやいや、そんな大げさな」と小声で突っ込みながら、枕に顔を埋めて悶えた。
この瞬間、彼女にとってSNSは世界一の居場所に思えた。
しかし、運命の針は予想外の方向に動き出す。
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階下から母の鋭い声が響いた。
「美咲ー!ちょっと下りてきなさい!」
「えー?なにー?おやつ?」
「いいから早く!」
気怠げに髪を整え、階段を下りると、リビングの空気が普段と違う。父と母と弟がテレビの前に正座しており、画面にはニュース番組が映し出されていた。だがその中央に――
「は……!?私!?!?」
まぎれもなく、合コンで唐揚げを両頬に詰め込んでいる美咲の姿があった。テロップが踊る。
> 《SNSで急増中!“失敗系ダイエット女子”とは?》
弟は腹を抱えて転げ回った。
「お茶の間デビューおめでとう!やべぇ、姉ちゃん全国区www」
「な、なんで!?テレビ!?!?!」
「すごいじゃん、有名人じゃん」
母はリモコンを握りしめ、眉間にしわを寄せていた。
「美咲。これ、あんたでしょう?」
「え、えっと……」
「嘘はやめなさい」
父は口を引き結んで笑いをこらえている。
「唐揚げを頬張る姿、俺の娘にしか見えん」
美咲は観念した。ポケットからスマホを取り出し、震える声で打ち明けた。
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彼女は、SNSでの活動を家族に説明した。
最初はダイエット記録を残すつもりだったこと。失敗続きで、けれどその失敗が逆に笑いを生み、フォロワーが増えていったこと。
今では「失敗系ダイエット女子」として知られるようになり、数万人の人が見守っていること。
父は頭を掻きながら苦笑した。
「いやぁ……まさか俺の娘がインフルエンサーになってるとはな」
「ちがう!インフルエンサーじゃなくて、ただの失敗ネタ女だよ!」
「でも見てみろよ、これ。“元気もらいました”“美咲ちゃんのおかげで笑顔になれる”……悪いコメントはほとんどない。すごいことだ」
弟はスマホをいじりながらニヤついた。
「姉ちゃん、うちの学校でも話題だよ。“唐揚げの人”って呼ばれてる」
「やめろぉぉぉ!!」
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母は腕を組み、まだ納得していないようだった。
「ネットってね、甘くないのよ。調子に乗ってたら、悪意だって飛んでくるんだから。知らない人に利用されたらどうするの?」
「……わかってるよ。でも……」
美咲は深呼吸をして、言葉を絞り出した。
「でもね、私、勉強も運動もダイエットも、何やっても中途半端で失敗ばっかり。でもSNSだと、その失敗が“面白い”って笑ってもらえるの。私の失敗が、誰かの救いになるなら……少しは存在していいのかなって思えるの」
沈黙。時計の針の音だけが響いた。
やがて父が口を開いた。
「なるほどな。俺が若い頃は、失敗したら隠すしかなかった。笑われたらおしまいだった。でも、今の時代は違うんだな。失敗すら価値になる……。時代って面白いな」
母は視線を落とし、少し震える声で言った。
「……学業に支障が出ないこと。個人情報や危ないことにだけは気をつけること。それが守れるなら……やりなさい」
「お母さん……!」
美咲の胸に熱いものが込み上げた。
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その夜。
布団の中でスマホを開くと、フォロワーからの大量のコメントが押し寄せていた。
「テレビで見たよー!」
「お母さんにバレたんだって?w」
「親公認とか最強www」
「美咲ちゃんの正直さが好き」
彼女は頬を赤らめながら、投稿ボタンを押した。
> 「家族にバレました。怒られるかと思ったけど、意外と応援してくれました!これからも失敗して笑ってもらいます!」
通知音が鳴り続け、いいねが雪崩のように積み上がる。
美咲はスマホを胸に抱きしめ、目を閉じた。
(失敗しても、笑われても、私は大丈夫。だって、私は……幸せなんだもん)
失敗を笑われるだけの存在から、失敗で笑わせる存在へ。家族に認められたことで、美咲は次のステージに進む準備を整えた。ここから彼女は「ただの失敗」ではなく、「失敗を楽しむ」物語を紡いでいく。