第五章 ゼミ旅行と温泉地獄
ゼミ旅行。美咲は「今回は太らない」と息巻いて出発するが、出発30分で早くも崩壊。お菓子、ご当地まんじゅう、豪華な宴会料理……誘惑に次々と負け、SNSは実況スレが立つほどの大盛り上がり。そして極めつけは温泉タオル事件。SNSには流れなかったが、ゼミ仲間の間で永遠に語られる伝説となった。
夏の期末テストが終わり、ゼミ恒例の旅行シーズンがやってきた。行き先は温泉地で、二泊三日のんびり旅。発表された瞬間から、美咲の頭の中では「旅行=太る」という恐怖がよぎっていた。
(いやいや、今回は違う! 私はダイエット中なんだから! 旅行先でも食べすぎないし、絶対に太らない!)
SNSにもしっかり宣言した。
> 「ゼミ旅行いってきます!
ご当地グルメに負けない!今回は太らない旅行にします!
#ダイエット女子 #鉄の意志」
すぐにコメントが並ぶ。
「無理でしょw」
「旅先のグルメに勝てる人類はいない」
「フラグたったな」
心ない応援(?)に唇を尖らせながらも、美咲はキャリーバッグを引いて集合場所に向かった。
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出発して一時間。バスの中ではさっそくお菓子交換大会が始まっていた。ポッキー、じゃがりこ、ポテチにチョコ。みんなが袋を回すたび、美咲の視線はお菓子の海を泳ぎ続けた。
「……ひとつだけ、ひとくちだけ……」
ポッキーをつまんだ瞬間、隣の沙耶がスマホを構えてパシャリ。
> 『#フラグ回収はやすぎ #旅行開始30分でアウト』
「ちょっ!? まだ一本だから!セーフだから!」
「一本食べたら終わりだよ、美咲」
車内は笑い声に包まれ、美咲は早くも旅先ダイエットの計画が崩れかけていた。
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旅館に到着してからは、もっとひどかった。
「名物の温泉まんじゅうだよー!」と手渡され、ほかほかの湯気と甘い香りに負けて口に放り込む。
「うまっ!」と叫んだ瞬間、後輩の男子がにやりとスマホを掲げる。
> 『ご当地まんじゅう秒で完食 #我慢とは #ゼミ旅行』
夕食の宴会はさらにカオスだった。ずらりと並ぶ料理、刺身、しゃぶしゃぶ、揚げ物。最初は野菜中心に皿を作っていた美咲も、気づけば肉や天ぷらを山盛りにしていた。
「うっまー!もう無理!ダイエットは帰ってから!」
「出ました名言w」
フォロワーたちも即座に反応する。
「知ってた」
「もう帰らなくても無理では?」
「旅行実況ありがとう」
気づけば「美咲旅行実況スレ」まで立ち上がり、見知らぬ人まで「次は何食べるの?」とコメントしていた。
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そして翌朝――。
ゼミの仲間たちと浴衣姿で大浴場に向かう美咲は、心の中で強く念じていた。
(今日は絶対に恥かかない……!)
バスタオルをしっかり巻き付け、二重三重に折り込んでチェック完了。これなら外れない、と自信を持って湯船へ足を入れた。
ところが。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと待って!!」
お湯に浸かった瞬間、タオルの端がじわじわ緩み始めたのだ。汗と湯気で滑って、布地がずりずりと下がっていく。
「やばいやばい、美咲先輩沈没してる!」
「ちょっ、笑いすぎて助けられない!」
沙耶も後輩たちも腹を抱えて大爆笑。美咲は慌ててしゃがみ込み、胸の前でタオルを抱きしめて死守する。
「やだーー!誰か予備タオル早くーー!」
仲間が新しいタオルを投げてくれて事なきを得たが、この大騒ぎは完全に「ゼミの伝説」として刻まれた。以後、飲み会のたびに「あのタオル戦争」の話が蒸し返されることになる。
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風呂上がり。冷たい牛乳を飲み干しながら、美咲は赤い顔でぼやいた。
「……ほんと、なんで私ってこうなの?」
沙耶が肩を叩いて笑う。
「でもさ、美咲がいるから旅行が毎回楽しいんだよ。あんたの失敗って、みんなにとっては思い出なんだよ」
美咲は少し黙り込み、やがて小さく笑った。
「……じゃあ、まあいっか」
ご当地グルメに負け、宴会で食べすぎ、温泉でタオルにすら裏切られた。
でも、失敗するたびに仲間が笑い、楽しい時間が広がっていく。
――完璧じゃなくてもいい。失敗しても、笑い合えるなら、それだけで十分。
美咲はそう心の中で呟きながら、どこか幸せそうに息をついた。
ダイエットに失敗し続ける美咲だが、その失敗は仲間との笑いとなり、絆を深めるものへと変わっていく。SNSでは「もう無理だろ」と突っ込まれ、ゼミ内では「タオル戦争」として語り草に。恥ずかしさの中に芽生える「でも楽しいからいいや」という小さな幸福感――それが第五章の核心だ。