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第四章 学園祭とファスナー戦争

秋の学園祭。衣装合わせで「ファスナー戦争」、差し入れを食べ尽くす「人間掃除機事件」。恥ずかしいはずの美咲の失敗は、SNSを沸かせ、仲間を笑顔にする。笑われているのに、気づけば自分の存在が誰かの元気になっていた。第四章では、失敗が“居場所”になる温かな瞬間を描きます。


夏を越え、秋の気配が漂うキャンパス。落ち葉が舞い、学園祭の準備に追われる学生たちの姿がそこかしこにあった。美咲の所属するダンスサークルも例外ではなく、連日の練習と衣装合わせに奔走していた。


「美咲先輩、今日ついに衣装合わせですよ!」

 無邪気な声で後輩に言われた瞬間、美咲は凍りついた。


「あ、そうだった……」


 夏休み中に「痩せる!」と宣言していたにもかかわらず、結果は逆に“夏太り”。SNSには「チートデイ突入!」と笑顔で食べ物を掲げる写真がいくつも残っていた。それらはフォロワーからの“ネタ”として受け止められていたが、本人にとっては痛い現実だった。


(大丈夫、まだ間に合う……! きっとギリギリ入る……よね?)


 期待を抱いて衣装を手にした瞬間、心臓が嫌な音を立てた。布が……少ない。腰のあたりはなんとか収まった。しかし問題は背中のファスナー。


「よいしょ……うっ……!」


 動かない。呼吸を止め、腹をへこませても無情に止まったまま。


「だ、誰か……助けて……!」


 後輩が駆けつけ、全力で引っ張る。別のメンバーも参戦し三人がかりで「せーの!」と声を合わせたが、それでもファスナーは動かない。衣装は悲鳴をあげるようにパツパツに張り裂けそうになり、結局最後まで閉じることはなかった。


「これ、布と布の全面戦争じゃん」

「いや、布と肉の代理戦争だな」


 後輩の天然コメントに場は爆笑。美咲は耳まで真っ赤になりながら、最終的に安全ピンで留める羽目になった。だが、その姿はもはや「舞台衣装」ではなく「戦闘服」だった。


 そんな様子を、沙耶が見逃すはずがない。スマホを構えてニヤニヤと投稿する。


> 『#ファスナー戦争2025 背中で繰り広げられた激戦』




 数分後、通知が鳴り止まない。

「戦場は背中にあった」

「ファスナー、よくぞここまで粘った」

「布が敗北寸前w」

「これはもう現代アート」


 SNSは大喜利大会と化し、ファスナーに顔を描いた漫画や、背中に兵士を描いたイラストまで投稿され、トレンド入り。笑われているはずなのに、画面を眺める美咲の胸は不思議と温かかった。


 しかし事件はそれだけでは終わらなかった。練習の合間に差し入れられたドーナツの箱。疲れた身体に甘い誘惑が染み込み、美咲の理性はあっけなく崩壊した。


(練習で消費した分だし……ちょっとくらい……)


 一つ。もう一つ。気づけば箱は空になっていた。


「あれ?差し入れのドーナツ全部ないんだけど」

「先輩、チョコ……口についてますよ」


「ぎゃーーー!!」


 また沙耶のスマホが光る。


> 『#人間掃除機 ドーナツ消滅事件』




 SNSはさらに盛り上がり、「掃除機モード発動」「ダイソン超えたな」とコメントが飛び交った。美咲の異名はついに「人間掃除機」として定着した。


 迎えた学園祭当日。安全ピンだらけの衣装をまとい、美咲は震える足でステージに立った。練習不足、衣装が弾けるかもしれない恐怖。それでも音楽が流れた瞬間、不思議と笑顔になった。仲間と踊り、観客の前で必死に身体を動かす。完璧ではないけれど、その姿は確かに会場を明るくしていた。


 終演後、SNSを覗くと「#ファスナー戦争」「#人間掃除機」が並んでトレンド入りしていた。


「美咲の笑顔、最高だった!」

「下手でも全力で楽しそうに踊ってて勇気もらえた」

「完璧じゃないからこそいいんだよな」


 涙がにじむ。痩せられなかった。失敗ばかりだった。それでも誰かを笑顔にできている。それだけで、ほんの少し自分を許せる気がした。


痩せられない。成功できない。それでも笑われ、愛される。美咲の物語は、失敗こそが魅力になることを証明しつつあった。SNSに笑いが残り、仲間の笑顔が広がる。完璧でなくても、人は輝ける。そんな予感が、この章のラストに宿っている。

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