第三章 チートデイ無限ループ
意志が弱い。誘惑に勝てない。続かない。
誰もが経験するそんな「失敗」が、なぜか彼女を人気者にしてしまいました。
第三章では、美咲の「チートデイ無限ループ」が描かれます。
努力の宣言が数時間で崩壊し、笑われ、ネタにされ、それでも応援される。
“成功”だけが人を惹きつけるわけではないことが、少しずつ浮かび上がってきます。
ジム初日の「二分ジョガー」事件から一週間。
美咲はまだ体の節々が痛いと言い訳しながら、結局一度もジムに行っていなかった。
(あれから一週間……もう二回くらいは行く予定だったんだけど……)
スマホを開くと、通知欄にはフォロワーからのリプライが溢れている。
「次は三分いけるか!?」「五分走ったら奇跡」
そんな茶化し混じりの応援が毎日のように届いていた。
「……うるさいなぁ。次こそ頑張るんだから」
そう呟いた直後。
視界の隅に、冷蔵庫からはみ出したアイスの箱が見えた。
(……でも、ちょっとくらいなら……)
気がつけば手にはアイス。ひんやりとした甘さが喉を滑り落ちる。
その瞬間、胸の奥に小さな罪悪感が芽生えた。
(だめだって……我慢するって言ったのに!)
だが、もう遅かった。一本食べたら止まらない。気づけば三本目に手が伸びていた。
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夕方。美咲は罪悪感を振り払うようにスマホを構え、宣言した。
> 『今日は絶対に我慢します!甘いものゼロ!水だけで過ごす! #断食チャレンジ』
投稿は瞬時に拡散され、コメント欄は活気づく。
【コメント欄】
「おお!ついに断食きた!」
「いきなりゼロって無謀じゃね?」
「フラグ立ったな」
「次は“水飲みすぎて腹痛チャレンジ”になると予想」
笑いと応援が入り混じる。
画面を見ながら美咲は顔を赤らめ、声に出して呟いた。
「今度こそ絶対に……負けないから」
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机に座り、参考書を開く。
だが、文字は頭に入らない。頭の中で「アイス」「ケーキ」「ラーメン」の単語がぐるぐると踊っていた。
(……集中、集中!)
しかしノートの片隅に、いつの間にかケーキのイラストを描いていた。
「なにこれ……!」
思わず突っ込み、自分で笑ってしまう。
一時間後。
美咲はスマホを握りしめ、泣きそうな顔でピザ屋のアプリを開いていた。
(……だめだって。絶対だめ!でも……チーズ……!)
数分後。
彼女のSNSにはピザの写真が投稿されていた。
> 『#チートデイ突入 結局これが正義!』
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通知は瞬時に爆発した。
【コメント欄】
「早すぎwww」
「断食どこいったw」
「チートデイ=日常説」
「一周回って推せる」
「また期待を裏切らない女」
沙耶もすかさずリプライを飛ばす。
「だから言ったでしょ、フラグ立ってたってw」
美咲はスマホを布団に投げた。
「もーーー!恥ずかしい!!」
しかし五分後には通知が気になり、結局スマホを取り戻して画面を覗く。
そこには「いいね」の嵐。笑いのコメント。
そして、「ありがとう」という言葉まで混じっていた。
「ありがとう……?」
半信半疑でコメントを読む。
「自分もダイエット失敗ばかりだけど、この人見て笑えるから救われる」
「頑張れなくても、失敗してもいいんだって思える」
(……私の失敗で、誰かが救われてる?)
胸の奥に、不思議な温かさが広がった。
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その後、美咲は毎日のように「今日は我慢する!」と投稿した。
しかし結果はほぼ全敗。
ラーメン、ケーキ、唐揚げ。
そしてSNSに並ぶのは「#チートデイ突入」のオンパレード。
フォロワーたちはそれを待ちわびるようになった。
「今日の敗因予想スレ」と称して、美咲が何に負けるかを当てる遊びが生まれた。
「今日は甘い匂いに負けるに一票」
「いや、深夜ラーメンに走るでしょ」
「ここは意外とサラダで大勝利パターン……はないかw」
予想はほぼ的中し、コメント欄はお祭り状態。
(これ……私のダイエットって、みんなの娯楽になってない?)
美咲は枕に顔をうずめ、笑いながら涙を流した。
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ある夜。
ベッドの上でスマホを握り、美咲はぽつりとつぶやいた。
「……痩せられない私でも、人を笑顔にできるんだ」
その事実に気づいた時、胸がふわっと軽くなった。
もちろん悔しい。もちろん情けない。
でも、不思議と幸福感が混じっていた。
(……でも、やっぱり痩せたいんだけどね!!)
矛盾した思いを抱えながら、美咲は通知音に囲まれて眠りについた。
美咲はまた失敗しました。けれど、それは「裏切り」ではなく「期待通り」。
フォロワーたちは彼女の失敗を待ち望み、笑い、共感し、なぜか愛してしまう。
「続けられない私」は恥ではなく、むしろ魅力になっていきました。
人を勇気づけるのは、完璧な成功よりも、むしろ不器用な失敗なのかもしれません。
彼女はまだ気づいていませんが、その失敗こそが“居場所”を作り始めているのです。