第二十話 失敗の先に見つけた私
ここまで、美咲の物語を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
失敗しては落ち込み、また笑って立ち直る──そんな繰り返しの日々を、美咲は等身大で過ごしてきました。
最終回となる第二十話は、「失敗の先にある幸せ」を描いたお話です。
彼女は結局、ダイエットに成功していません。チョコレートも唐揚げも我慢できないし、SNSには失敗談がずらりと並んでいます。
けれど、美咲は気づきました。完璧に痩せることだけが“成功”ではなく、自分のありのままを受け入れ、誰かと一緒に笑えることこそが、かけがえのない宝物なのだと。
笑いながら食べるケーキの味、友達の温かい声、そしてSNSの向こうから届く共感。
それらは数字以上に美咲を救い、彼女を幸せへと導いていきます。
この最終話では、そんな彼女の「失敗を肯定する」姿を、どうぞ見届けてください。
春の陽射しが柔らかく差し込むキャンパスは、冬の名残をほんの少しだけ残しながらも、どこか浮き立つような空気をまとっていた。
桜の蕾は膨らみ始め、ベンチに座る学生たちはレポートの話や新学期の予定で盛り上がっている。
その一角で、美咲はひとりベンチに座り、スマホを食い入るように見つめていた。
画面には、自分のSNSアカウント。投稿からまだ十分も経っていないのに、通知がひっきりなしに届いている。
《今日もまた食べすぎました!チョコレートケーキ2個。しかも夕飯前。私ってほんとどうしようもない… #ダイエットは明日から》
ぽん、と音を立てて「いいね」が増える。
「私もやっちゃった!」「夕飯前のケーキは至福だよね」「その正直さに救われます」
コメント欄には、思いがけない共感と励ましの声が溢れていた。
以前の美咲なら、きっと泣きたくなっていただろう。
「また失敗した」「私だけがダメなんだ」と落ち込み、布団の中でため息をつきながらスマホを閉じていたはずだ。
けれど、今は違う。
スクロールする指先が止まるたびに、美咲の胸にはじんわりと温かいものが広がっていった。
「……私だけじゃなかったんだな」
小さな声が漏れる。
その瞬間、背後から声がかかった。
「何ひとりでニヤけてんの」
思わず肩をすくめて振り返ると、沙耶がアイスコーヒーを二つ抱えて立っていた。
「うわっ、びっくりした!いつからいたの?」
「さっきから。あんたがスマホに夢中すぎて気づかなかっただけ」
そう言って沙耶はひょいと隣に腰を下ろし、一つを美咲に差し出した。
二人でカップを合わせると、コーヒーの冷たさとほろ苦さが喉をすべり落ち、春の陽気と混ざって心地よい。
「で、今日は何食べたの?」
沙耶の問いに、美咲は観念したように笑った。
「チョコケーキ、二個」
「……また!?ほんと懲りないよね」
呆れながらも、沙耶は吹き出してしまった。
美咲も釣られるように笑いながら、ふと真剣な表情になる。
「でもね、なんか最近、失敗しても平気になってきたんだ」
「へぇ、それは成長じゃん」
「うん。痩せてないし、相変わらず誘惑には弱いけど……。こうやって失敗を投稿すると、“わかる!”って言ってくれる人がいる。それが嬉しくて」
沙耶は少し黙り、目を細めた。
「なるほどね。じゃあもう、美咲は“失敗のプロ”ってことでいいじゃん」
「ちょっと、それは悪口でしょ!」
「褒めてるんだって。だって、失敗で人を笑わせたり安心させたりできる人なんて、そうそういないよ」
その言葉に、美咲の胸の奥がふっと軽くなる。
「……失敗にも、意味があるのかな」
「あるに決まってるでしょ。だってあんた、私を笑顔にしてるし」
沙耶はそう言って、にやりと笑った。
そのとき、美咲のスマホがまた震えた。
新しいコメントが画面に浮かぶ。
《“失敗の女神”って呼んでいいですか?》
「ぷっ」
美咲は思わず吹き出し、沙耶もコーヒーを危うくこぼしそうになりながら大笑いする。
「ほら、もう称号ゲットしてるし」
「いやいや、そんな称号いらないし!」
二人で笑い転げる時間は、体重計の数字よりもずっと大切に思えた。
失敗続きの自分を恥じるのではなく、笑って受け入れてくれる人がそばにいること。
そして画面の向こうには、同じように悩みながら、それでも一緒に笑ってくれる人たちがいること。
それは美咲にとって、ダイエット成功以上の宝物だった。
春風がふわりと吹き、桜の蕾を揺らす。
美咲はスマホを胸に抱き、そっとつぶやいた。
「……たぶん、明日も失敗するんだろうけど」
でもその声には、迷いも悲しみもなかった。
未来への期待と、今を楽しむ明るさだけが、確かに宿っていた。
物語は終わりましたが、美咲の人生はこれからも続きます。
彼女はきっと明日もまた食べすぎて、体重計の数字に驚き、笑いながらSNSに投稿するでしょう。けれど、もう孤独ではありません。彼女の失敗は誰かの励ましになり、笑いになり、温かいつながりへと変わっていきます。
ダイエットに成功することだけがゴールではなく、「失敗しても幸せそうに生きる」という生き方そのものが、彼女の答えでした。
きっと読者の皆さんのなかにも、自分を責めてしまう瞬間があると思います。けれど、美咲が教えてくれたように、失敗は恥ではなく、誰かの心を和ませる光にもなるのです。
ここまで共に歩んでくださったことに、心から感謝します。
どうかあなたの失敗にも、笑って向き合える明日が訪れますように。