第十九話 失敗だらけの私に、いいねが集まる理由
今回の美咲は「失敗だらけ」の自分を、ただ恥じるのではなく、少しだけ受け入れ始めます。
唐揚げを食べすぎた投稿が思わぬ共感を呼び、沙耶の言葉で「完璧じゃない姿が人を安心させる」と知る。小さな気づきですが、美咲にとっては大きな一歩です。
大学に戻った美咲は、玄関で靴を脱いだ瞬間から、なんとも言えない寂しさに包まれていた。
「……あーあ、帰ってきちゃった」
小さく呟きながら、自分の声が部屋の中に空しく響く。
実家での数日間は、食べすぎてばかりだったけれど、心はあたたかく満たされていた。母の作る唐揚げはやっぱり世界一だし、弟にからかわれてプリンを取り合いした夜だって、どう考えても失敗なのに楽しかった。東京の一人暮らしの部屋に戻ると、急にそれらが恋しくて、胸の奥にぽっかりと穴があいた気がする。
荷物を置き、無造作にベッドに倒れ込む。手は自然とスマホを掴んでいた。
「……またどうせ失敗するんだろうな」
頭ではわかっている。けど、なぜか投稿せずにはいられなかった。
《また今日もダイエット失敗。唐揚げ3個の予定が7個になりました。母の策略です。 #ダイエットは明日から》
送信を押した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
「やばっ……何やってんの、私!」
慌ててスマホをベッドに放り投げ、枕で顔を覆う。SNSに書くなんて、また笑われるに決まってる。
けれど、数分もしないうちに「通知」の赤いマークが膨らみはじめる。恐る恐る画面を覗くと――。
「お母さん最強すぎるw」
「唐揚げ7個?全然いける」
「なんか安心した、ありがと」
「こういう失敗談、待ってました!」
思わず声が漏れた。
「え……?」
前みたいな「また失敗かよw」とか「痩せる気ないだろ」みたいな冷やかしじゃない。確かに笑いもあるけど、どこか優しくて、同じ場所でつまずいている人たちからの共感が混ざっていた。
その夜、美咲は眠れなかった。
枕元に置いたスマホが、ひとつ通知を鳴らすたびに手が伸びる。寝返りを打ちながら、「見ちゃダメ!」と心で叫ぶ。けど、結局指先は画面をスライドしてしまう。そこには「私も今日プリン食べちゃいました」とか「仲間がいて救われた」といった言葉が並んでいた。
翌日。講義を受けていても、板書はほとんど頭に入らなかった。
ノートの端に小さな文字で「唐揚げ7個」と落書きしている自分に気づき、苦笑する。
「やば、完全に病気だなこれ……」
放課後、カフェで沙耶と待ち合わせた。
「で?なにその浮かない顔」
先に席についていた沙耶が、ストローを軽く噛みながら笑う。
「いや……最近さ、なんかフォロワーが増えてるんだよ」
「いいことじゃん!喜べば?」
「いやいや、私痩せてもないし。むしろ太った気がするし……」
俯く美咲に、沙耶はため息をついて肩をすくめた。
「だからいいんじゃないの?」
「は?」
「美咲ってさ、失敗してても楽しそうなんだよ」
カップを持つ手が止まる。
「普通はさ、失敗したら“ごめんなさい、反省します”みたいな暗いポストになるでしょ?でも美咲は、“唐揚げ7個食べた”とか“プリン秒でなくなった”って、笑い話にしてるじゃん。それって見てる人に安心感与えるんだと思う。“あ、私も同じだ”って」
沙耶は真剣な目でそう言った。
「……私の失敗が、誰かの安心?」
美咲の口から、信じられないような言葉が零れる。
だけど、確かに胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
帰宅後、夜のベッドの上でまたSNSを開く。新しいコメントがいくつも届いていた。
「今日のランチでケーキ食べちゃった。でも美咲さん見て罪悪感なくなった」
「失敗してても頑張ろうって思える。ありがとう!」
「一緒に明日からがんばろー!」
読み進めるうちに、自然と頬が緩む。
「……失敗しても、私、生きてていいんだ」
声に出した途端、ふわっと涙が滲んだ。
その涙は、悔しさでも自己嫌悪でもなかった。ほんの少しだけ、自分を許せるようになった安堵の涙だった。
痩せてもいないし成果もゼロ。でも「失敗談にいいねが集まる」ことは、美咲にとって初めての救いでした。
ここから彼女の物語は「体重を減らす」よりも「自分をどう受け入れるか」にシフトしていきます。失敗続きでも、笑えるなら前に進める。そんな兆しを描いた回です。