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第十八話 ただいま、そして突っ込みだらけの食卓

実家に帰ると、なぜか真っ先に体型チェックが入る――そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。

美咲にとっては、帰省は休息のはずなのに“ダイエットの成果”をめぐる攻防戦の始まりでもありました。

母の言葉は時に鋭く、時に優しく、そして弟は容赦なく突っ込んでくる。SNSの世界での炎上やコメントとは違い、ここには悪意のない「愛のツッコミ」が溢れています。

第十八話では、美咲が家族と過ごす何気ない時間を通して、自分が本当に安心できる居場所を見つめ直していきます。


新幹線の車窓から見える田園風景は、都会の喧騒に慣れた目にはやけにまぶしく映った。美咲は、座席に腰かけながら深く息を吐く。ダイエットに失敗し続けている現実、SNSでの騒動――“妖精”と呼ばれ、笑いのネタにされ、それでもやめられない無謀な挑戦の日々。心のどこかでは「このまま実家に帰ったら、絶対言われるに決まってる」と覚悟していた。


玄関を開けると、懐かしい匂いとともに母の声が飛んでくる。

「美咲! おかえり。……あら?」

その声の調子が変わる。視線は娘の顔から全身へとすばやく走った。

「ちょっと、また丸くなったんじゃない?」

「ただいま、より先にそれ!?」

靴を脱ぐ前から体型チェックを浴びせられる。美咲は苦笑しながら荷物を置き、渋々「ただいま」と言い直した。


リビングに入ると、弟がゲームのコントローラーを握ったまま、ニヤニヤと振り返る。

「姉ちゃん、またダイエット失敗やろ?」

「失敗じゃないし! いまは停滞期なだけ!」

「去年も停滞期って言っとったな」

「……」

言い返す言葉が見つからず、結局ソファにドサッと腰を落とすしかなかった。弟は得意げにゲーム画面へと視線を戻しながら、「言い訳の種類が年ごとに進化してるな」と呟く。


その夜の食卓は、まさに実家の醍醐味だった。唐揚げ、ポテトサラダ、豚の生姜焼き、味噌汁に山盛りの白ごはん。美咲の目の前に広がるのは、誘惑という名のごちそうの山。

「お母さん! 私、いまダイエット中なんだから!」

そう抗議する美咲に、母は淡々と返す。

「知ってるわよ。でも、せっかく帰ってきたんだからね。普段はどうせコンビニ弁当とかインスタントで済ませてるんでしょ? 体に悪いものばかり食べてるくらいなら、家の料理をしっかり食べていったほうがよっぽど健康的なのよ」

「……まあ、それは、そうだけど」

「それにね、食べたいのに我慢し続けてストレス溜めたら、結局反動でドカ食いになるでしょ? それが一番よくないの」

母は自分の箸を置き、じっと美咲を見た。

「ダイエットは東京に戻ってから、またやればいいじゃない。ここでは美味しいものを食べて、心を休めて。ね?」


無責任に「明日からでいい」と突き放すのではなく、あくまで娘を思いやる言葉。美咲の胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていった。


それでも美咲は最後まで粘ろうとする。

「でも唐揚げは……油っぽいし」

「だからこそ、家でちゃんと作るのよ。揚げ油も新しいのにしてるし、スーパーのお惣菜よりずっとまし。さあ、揚げたてを食べなさい」

目の前に置かれた唐揚げを見つめていると、湯気と香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐる。結局、美咲は箸を伸ばした。サクッと衣が割れる音、噛むほどに溢れる肉汁。抵抗はあっけなく崩れ去り、次から次へと口に運んでしまう。


「結局食べるんかい」と弟の声が飛ぶ。だがその声も、衣の音にかき消されるほど、美咲は無心で食べ続けた。


深夜。冷蔵庫を開け、こっそりプリンを取り出してスプーンを突き立てた瞬間――背後から「カシャッ」という音が。振り返れば、弟がスマホを構えにやついている。

「現行犯やな、姉ちゃん」

「ちょっ……今の消して!」

「SNSに流したらめっちゃ伸びると思うで。『妖精さん、実家でプリン泥棒』ってタイトルで」

「やめろおおお!!」


スマホを奪おうと追いかける美咲。廊下を走り回り、ドタドタ響く音に母が寝室から飛び出してきた。

「なにしてんのあんたら! 夜中にうるさい!」

母の一喝に二人とも固まる。結局、弟は「ゲーム買ってくれるなら消す」という条件を突き付け、美咲は唇を噛みながらも承諾するしかなかった。

「悪徳交渉人め……」とぼやきつつも、そのやり取りはどこか楽しかった。


布団に入ってからも、美咲の胸にはふわふわと温かい余韻が残っていた。

「ダイエットはまた振り出しかもしれない。でも……」

家族にいじられ、笑われ、突っ込まれて。けれどその笑い声は、SNSのコメント欄で向けられる笑いとは違った。ここには軽蔑も悪意もなく、ただ娘を丸ごと受け止める温かさがある。失敗しても、笑って許される場所。そう思うだけで、美咲は自然と笑みを浮かべながら眠りについた。


今回の物語では、美咲が“失敗”を笑い飛ばされながらも、家族に支えられている姿を描きました。

SNSでの「妖精」騒動は、どこか居心地の悪い笑いに包まれていましたが、家族の笑いは違います。そこには揶揄ではなく、心からの温かさがありました。

ダイエットは相変わらず迷走中。でも、失敗続きでも笑い合える環境がある限り、美咲は前に進むことができる。そんな小さな希望を、次につなげていきたいと思います。

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