第十七話 炎上!?ケーキの妖精キャラの受難
SNSの世界では、ほんの一瞬の出来事が切り取られ、誰かの人生を勝手に語り始めます。本人にとっては何気ない失敗も、ネットの向こう側では「やらせ」や「仕込み」といった憶測に塗り替えられてしまうことがあるのです。美咲がつかの間の休憩で目にしたのは、ケーキを落としたあの日の自分を勝手に解釈し、物語として広められていく現実でした。笑いと応援の声に混じる疑いの目――それに振り回されながらも、美咲は少しずつ「笑われても構わない」と前に進み始めます。
バイト先のカフェは、今日も人でにぎわっていた。
土曜日のお昼時、美咲は慌ただしくコーヒーを運び、ケーキをショーケースから取り出し、レジで笑顔を振りまいていた。
一見すればただの女子大生アルバイト。けれど、最近は違っていた。
「妖精さん、今日もいる!」
小声でささやかれるたびに、背中にじわっと冷や汗がにじむ。
――もう、その呼び方やめてほしいんだけど!
心の中で悲鳴をあげながらも、表情は引きつった笑顔を崩せない。
そんなとき、カウンター席に座った一人の男性客の手元に気づいた。
スマホが立てかけられ、赤い「REC」のランプが点滅している。
レンズの向こうにいるのは――まぎれもなく自分だった。
「え、ちょっ……まさか……」
美咲が青ざめている間にも、彼のスマホ画面にはチャット欄が流れていた。
《妖精さんキター!》
《本物かわいい!》
《今日も転ばないかなw》
――やっぱり、ライブ配信してる!?
彼女はトレーを持ったまま固まった。沙耶が気づいて耳打ちしてくる。
「ねえねえ、知ってる? 最近“妖精さんウォッチ”ってタグが流行ってて、ファンが勝手に配信してんの」
「し、知ってますけど……こんな至近距離で!? 肖像権って知ってます!?!?」
美咲は心の中で絶叫しながら、ぎこちなく仕事を続けた。
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やがて、休憩時間にスマホを開いた美咲は愕然とした。
「妖精さんの真実」というまとめ動画がすでに数万回再生されている。
《あのケーキ落とし、実は店のやらせなんじゃない?》
《宣伝目的に決まってるだろ》
《だって普通あんなに自然に落とすか?》
「自然に落ちたんだよ!!!」
ベッドの上で動画を見ながら、美咲は枕に顔を埋めて叫んだ。
追い打ちをかけるように、まとめサイトにはこんな見出しが躍っていた。
「ケーキの妖精、店の宣伝に利用か!?」
SNSでは、擁護と批判が入り乱れていた。
《かわいいから許す》
《どう見てもステマ》
《いやガチでドジなだけでしょw》
中には「本当に落としただけだよ。現場で見てたし」と証言する常連客の投稿もあったが、炎上の火種はなかなか収まらない。
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数日後。
バイト中の美咲に、一人の女性客が声をかけてきた。以前、励ましの言葉をくれたあの人だった。
「大丈夫? 無理して笑わなくていいのよ」
「え……」
「ネットの人たち、勝手なことばっかり言うけど、私はちゃんと見てるから。あなた、本当に頑張ってるの、伝わってる」
その言葉に、胸が熱くなる。
涙がにじみそうになるのをぐっとこらえて、美咲はいつものように「ありがとうございます」と笑った。
――笑ってれば、何とかなる。
そう自分に言い聞かせながら。
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夜、再びSNSを開く。
相変わらずコメント欄は賑やかだった。
《炎上しても妖精は妖精》
《この子は嘘つけないタイプw》
《妖精キャラ定着してて草》
「……もう、勝手にキャラつけないでよぉ」
布団の中で半泣きになりながらも、口元はほんの少しだけ緩んでいた。
炎上しても、笑われても、なぜか心のどこかで楽しくなってしまう。
それはきっと、自分の不器用さを見て笑ってくれる人たちが、どこかで味方になってくれているからだろう。
――こうして、美咲は“ケーキの妖精”として、ますますSNSの荒波に放り込まれていくのだった。
「炎上」という言葉にはネガティブな響きがありますが、必ずしも悪いことばかりではありません。今回の美咲の体験は、笑われながらも応援され、疑われながらも守られる――その両面を一度に味わうことになった出来事でした。ネットの向こう側にいる人たちは、時に残酷で、時に温かい。その矛盾に戸惑いながらも、美咲のキャラクターはますます“妖精”として定着していきます。失敗しても、叩かれても、それでも笑って前に進む姿は、むしろ彼女らしい輝きと言えるのかもしれません。