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第十四話 笑われるって、悪くない?

人はなぜ失敗すると、かえって目立ってしまうのだろう。

美咲は「真剣にダイエットしてます!」と叫びたいのに、世間は彼女を「失敗芸人」扱いする。だが、その失敗を笑う声が、彼女の心を少しずつ軽くしていくのも事実だった。今回の物語では、またもや狙っていないのに笑いを取ってしまう美咲が、周囲の人々の温かさに触れる場面が描かれる。SNSだけでなく、身近な人の何気ない優しさが、彼女の背中をそっと押してくれる。


炎上ケーキ事件から数日が過ぎた。

「もう絶対にSNSなんてやらない!」と泣きながら布団に潜り込んだあの日から、美咲の心は少しずつ落ち着きを取り戻していた。だが、彼女のSNSは逆に騒がしくなる一方だった。


フォロワー数はじわじわ増えていて、通知の数は毎日「99+」。

コメント欄は相変わらず賑やかで、笑いの絵文字と「次のネタ楽しみにしてる!」の声で溢れていた。


「……ネタじゃないし! 本気でダイエットしてるのに!」

部屋で一人、スマホを見ながら叫ぶ美咲。

でも心の奥ではほんの少しだけ誇らしかった。誰も見ていないと思っていた自分の日常が、誰かに笑ってもらえている。それは悔しいけれど、不思議と嫌な気分ではなかった。


「じゃあ、今度こそ証明してやる! 食べ物ネタじゃなくて、運動で痩せてるところを見せるんだから!」

そう決意した美咲は、流行中の「ダンスチャレンジ」に挑戦することにした。


その夜。

ティッシュ箱にスマホを立てかけ、録画を開始。軽快な音楽が流れ出す。

「よし、いくぞっ!」

気合いを入れて足を踏み出すが、開始三秒で足がもつれた。


「きゃっ!」

ドンッ! と音を立ててバランスを崩し、背後のハンガーラックががしゃんと倒れる。そこに掛かっていたシャツやジーンズがどさどさと落ち、さらに巨大なクマのぬいぐるみまで倒れ込んだ。スマホはぐらりと揺れて床に落ち、カメラは天井を映したまま録画が終了する。


「……なにこれ。」

再生すると、画面の中心は落ちてくる洗濯物とぬいぐるみ。自分は端っこで必死にバタバタしているだけ。


「私、脇役じゃん!」

頭を抱える美咲。

しかし何度も見返しているうちに、妙な可笑しさが込み上げてきた。


「……逆にウケるかも?」

結局、美咲は効果音を追加してそのまま投稿した。


《初ダンスチャレンジ! ……のはずが洗濯物とぬいぐるみが主役にw #踊れない女 #ダイエット中》


翌朝。

通知音で目を覚まし、スマホを開くとコメントが雪崩れ込んでいた。


「洗濯物が一番キレてる」

「ぬいぐるみの乱入タイミング神w」

「大学生なのにまだ成長期? 足音で床が伸びた」


「やめてぇぇぇぇ!!」

布団をかぶりながら叫ぶ美咲。だが頬はにやけている。


大学に行けば、さらに騒ぎは大きくなっていた。

「美咲、見た見た! あれめっちゃ笑った!」

「お前のクマぬいぐるみ、有名になってるぞ」

「次いつ踊るの?」

「踊らない! ダイエットだから!」


必死で否定しても、すでに「#美咲チャレンジ」というタグが生まれ、友人たちはこぞって真似動画を投稿し始めていた。わざと転び、洗濯物をぶちまけ、ぬいぐるみを放り投げて乱入させる――そのたびに美咲のアカウントがタグ付けされる。


「ちょっと待って! 勝手にシリーズ化しないでぇぇぇ!」

抗議の声も空しく、SNSのタイムラインは「#美咲チャレンジ」で埋め尽くされていった。


その日の夜。

買い物帰りにエレベーターで下の階の住人と出会った。

四十代くらいの落ち着いた雰囲気の男性で、エコバッグを片手ににこやかに笑っている。


「こんばんは。昨日、上からすごく元気な音してたね」

「あ、あのっ! すみません! ダンスの練習で……ご迷惑でしたよね?」

必死で頭を下げる美咲。


すると彼は軽く笑って首を振った。

「いやいや、大丈夫。最初は地震かと思ったけど、すぐに『ああ、若い子が元気にしてるんだな』って思ったよ」

「えっ……怒ってないんですか?」

「怒るなんてとんでもない。むしろ、こっちまで元気を分けてもらった気分。あんまり無理してケガしないようにね」


その柔らかな声に、美咲の胸の奥がじんわりと温かくなった。

「ありがとうございます……ほんと、すみませんでした」

「うん。でも、夜は十時までにしてくれると助かるな」

「はいっ!」


エレベーターの扉が閉まったあとも、美咲は頬の熱が冷めず、胸がぽかぽかしていた。


部屋に戻ってベッドに倒れ込み、天井を見つめながら小さく呟く。

「私、本当に痩せたいんだよね……? なのに芸人枠に収まりつつあるんだけど」


画面に映るのは、友人や知らない人たちの「美咲チャレンジ」動画。コメント欄には「オリジナルの女王!」と称える声まである。


「……まあ、いっか。みんな笑ってくれてるし」


その笑顔は、ダイエットに失敗して落ち込んでいたころの美咲とはまるで違い、どこか自信に満ちていた。


美咲にとって「ダイエット動画の失敗」は、本来なら恥ずかしくて消したいはずの瞬間だった。けれども、それをきっかけに友人たちや知らない人まで笑い、真似し、そして下の階の住人にまで「元気をもらった」と言われる。それは彼女にとって、努力や減量よりもずっと大切なご褒美になったのかもしれない。失敗は成功のもと――と言うけれど、失敗がそのまま「人を笑顔にする才能」になることもあるのだ。美咲がその事実に気づいたとき、彼女の世界は少しだけ広がっていた。

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