第十三章 ヘルシー(大嘘)スイーツ事件
春休みも残りわずか。
ダイエットを続けるはずの美咲は、結局また「食欲>努力」というお決まりの構図に逆戻りしていた。だが、ただ落ち込むだけでは終わらないのが彼女の強み――あるいは弱点。
思いつきと勢いだけで「ダイエット料理」をSNSに投稿し、まさかの“炎上”を引き起こしてしまう。
それは一見、失敗の最たるもののようでいて、どこかユーモラスで憎めない出来事だった。
大学生なのに「背が伸びる成長期なのでは?」とツッコミが飛び交い、本人は赤っ恥をかくことに。
けれど、その笑いの渦の中で、美咲はまた少し、自分の居場所を見つけていく。
今回の章は、彼女の失敗が「笑われること」から「笑いを分かち合うこと」へと変わる瞬間を描いている。
炎上すらも彼女の物語を彩るイベントになってしまう――そんな可笑しさと温かさを込めた一幕だ。
春休みの終盤。
窓から差し込む陽射しはもう春の匂いを運んでいたが、美咲の心はどんより曇っていた。机に突っ伏し、手元のスマホ画面を虚ろな目で眺めながら、ため息をひとつ。
「はぁ…。なんで痩せないんだろう。ジムも行ったし、ランニングも…まあ3日でサボったけど…。このままじゃ春からもデブキャラでしょ」
独り言を垂れ流す声は、部屋の静寂に吸い込まれる。ベッドの上には読みかけのダイエット本、机には飲みかけのカフェラテ。現実逃避の痕跡が散らばっていた。
ふと、美咲の視線がSNSのタイムラインに止まった。
「#ダイエット飯」「#映えレシピ」とタグが並ぶ投稿がずらり。どれも綺麗に盛り付けられたサラダやアサイーボウル、オシャレなオートミール料理だ。
「…あ、これだ。痩せてなくても、作ったふりすればそれっぽく見えるじゃん!」
勢い余って立ち上がり、戸棚を漁る。奥に眠っていたオートミールの袋を発見。賞味期限はギリギリまだ大丈夫。美咲はにやりと笑いながら台所に立った。
レシピを検索するも、材料の分量に目を通した瞬間、面倒になってスクロールをやめた。
「砂糖大さじ2?少なくない?…え、バターなし?美味しくなさそう。…よし、改造!」
砂糖をカップでどさっと入れ、バターを塊のまま投入、さらにチョコチップをザラザラと流し込む。オートミールの存在感がどんどん薄れていく。
「ま、いけるっしょ!」
そう呟きながらオーブンに入れ、焼き上がりを待つ。
甘ったるい香りが部屋中に広がり、完成したケーキを取り出すと、表面はテカテカ光り、持ち上げれば油がじんわり滲む。
「…まあ、写真映えすればいいんだよね」
美咲は皿に盛りつけ、窓際の自然光を利用してスマホを構えた。角度を変え、フィルターをかけ、必死に“ヘルシー”っぽく見せる。撮った写真は何十枚にも及んだ。
そして、選び抜いた一枚を投稿する。
《オートミールで超ヘルシーケーキ作った! #ダイエットレシピ #映え飯》
――数分後。通知が鳴りやまない。コメント欄を開いた瞬間、美咲の顔色が変わった。
「…砂糖の量やばくない?」
「え、これダイエット?カロリー爆弾じゃん」
「油でテッカテカなの見えてるぞw」
「大学生なのにまだ成長期かな? 背は伸びずに体重が伸びてるのでは」
じわじわと広がるツッコミに、美咲の心臓が早鐘のように鳴る。
「ちょっ…え、やだ、炎上してる!?」
しかも知らないアカウントから引用リポストが飛び、拡散は加速していた。
「#ダイエット詐欺」「#オートミールの無駄遣い」などとネタ化され、画像が勝手にコラージュされて笑いものになっている。
「逆に食べたい」「深夜に見る拷問」といったコメントまで湧き出した。
布団に潜り込み、スマホを抱えたまま半泣きになる美咲。
「うわぁ…やめて…!みんな見ないでよ…!」
けれど同時に、不思議な温かさも感じていた。批判よりも笑いやツッコミの方が多く、誰も本気で傷つけようとしていない。それどころか「次も楽しみ」と期待されている気すらした。
翌日、大学のゼミ室に入った瞬間、友人の陽菜が駆け寄ってきた。
「ねえ!あのケーキ見たよ!あれ、ほんとに食べたの?」
「……食べたけど……」
「え、絶対あれ太るやつでしょw ていうか“ヘルシー”の意味どこいったの」
クスクス笑う陽菜に続いて、男子学生たちまで加わる。
「美咲、あのレシピありがとうな!」
「えっ!? ちょ、なんでお礼!?」
「俺、昨日寮で真似して作ったんだよ。バカ美味かった!」
「お前も作ったの?w」「あれ、深夜飯にぴったりだよな」
教室中に笑い声が響き渡り、美咲の顔は真っ赤になった。
「や、やめてよ…! 恥ずかしいんだけど!」
「いやいや、むしろあれで株上げてるって! “ダイエット失敗インフルエンサー”って新ジャンルじゃん」
「成長期の大学生代表!」
「やめてーっ!」
笑われながらも、不思議と心は軽かった。バカにされているというより、一緒に盛り上がってくれている感覚だったからだ。
その夜。机の上に残っていたケーキの最後の一切れをフォークでつつきながら、美咲はスマホを開いた。
フォロワー数は昨日よりさらに増えている。
《炎上したケーキ、結局美味しくて完食w 失敗しても幸せです。 #ダイエットとは #でも笑顔》
コメント欄にはすぐに反応が返ってきた。
「それでいい。それが美咲スタイル」
「もはや食レポアカだな」
「背は伸びなくてもネタは伸びるって最高w」
ケーキを頬張りながら、美咲は声を立てて笑った。
「…もういいや。痩せなくても、私、笑ってるし」
甘いケーキの味と一緒に、彼女の胸の中にもほんのりと甘い幸福感が広がっていった
美咲がSNSで起こした“ダイエット料理炎上”は、単なる失敗ではなく彼女の新たな一面を引き出す出来事となった。
本来なら落ち込むはずの炎上も、周囲が笑って支えてくれることで「笑われることは必ずしも悪いことではない」と気づくきっかけになる。
痩せられなくても、美咲は確かに幸せを掴んでいた。