第十一話 バレンタイン大作戦!?
二月の街に、甘い香りとともにやってくる一大イベント──バレンタイン。世の女子たちがそわそわする中、美咲もついに決心した。「手作りチョコを渡す」こと。それは恋する乙女の通過儀礼であり、失敗常習犯の彼女にとってはハードルの高すぎる挑戦でもあった。キッチンを舞台に繰り広げられるドタバタ劇、SNSに刻まれる実況ログ。そして迎える本番当日、美咲はどんな結末を迎えるのだろうか。
「今年こそは、絶対に渡す……!」
美咲はスマホをにぎりしめながら、SNSに宣言を打ち込んだ。
《#手作りチョコ挑戦 #低糖質革命 #今年は失敗しない》
すぐにコメントがつく。
「またフラグ立った」
「低糖質=失敗確定」
「今年のキッチン爆発予想オッズ出していい?」
案の定、ネタ扱いだったが、美咲は負けじとキッチンに立った。
材料は、カカオ70%チョコに豆乳、甘味料、おからパウダー。健康志向だが、扱いは難しい。ボウルで混ぜた瞬間から嫌な予感が漂う。粉っぽさが残り、ヘラを引っ張るとズルズルと重い塊がまとわりつく。
「これ、岩石じゃない……?」
慌ててココナッツオイルを入れると、今度は液体化。冷やして固めれば……と冷蔵庫に入れるが、数十分後に取り出すと、今度はカチカチの石チョコが完成していた。
写真をSNSにアップするとコメントが殺到。
「牙で砕ける?」
「歯医者推奨」
「これ武器に使えるでしょ」
そこへインターホンが鳴った。ドアを開けると、陽菜が立っていた。
「美咲、SNS見た! ちょっと本気で心配になって来たんだけど!」
「えっ、来ちゃったの!?大丈夫、大丈夫……たぶん」
二人でキッチンに並ぶが、陽菜が混ぜて味見した瞬間、顔をしかめた。
「これ……苦い!てか、なんか薬っぽい!」
「低糖質だから!」
「低糖質関係ないよこれ!」
二度目の挑戦も、温度調整をミスって分離。チョコの海の上に油が浮かぶ。台所は大惨事、笑うしかない。
《#美咲キッチン戦争 #第2ラウンド敗退》
「戦況報告:石化→泥化」
「陽菜参戦するも戦局変わらず」
「もはや渡す相手より生存確認案件」
結局、何度試してもまともなチョコはできなかった。最後は二人で黙ってスーパーへ向かい、美咲は高級チョコを手に取った。
「……やっぱこれしかないか」
「うん、命には代えられない」
そしてバレンタイン当日。待ち合わせ場所に現れた彼に、美咲は紙袋を差し出した。
「あの……これ、よかったら」
「ありがとう!手作り……じゃないよね?」
「うん……頑張ったけど、全部失敗しちゃって。結局、買っちゃった」
正直に言う美咲に、彼は笑った。
「それでも十分嬉しいよ。気持ちがこもってるのが伝わるから」
その言葉に、美咲はじんわりと胸が温かくなった。失敗だらけの戦いだったけれど、この瞬間のためならすべて報われる。
帰宅後、美咲はSNSにこう投稿した。
《手作りは失敗→既製品でカバー。でも渡せたから大成功! #失敗しても幸せ》
コメント欄は案の定、ツッコミ祭り。
「結局既製品ww」
「失敗しても彼氏ゲットはズルい」
「失敗は裏切らない」
美咲はスマホを抱きしめ、満足げにベッドに倒れ込んだ。失敗しても、幸せになれることを噛みしめながら。
この章では、美咲が「恋する乙女」としての大勝負に挑んだ姿を描いた。チョコ作りという小さな戦いのはずが、彼女にとってはダイエットや自分磨き以上に大きな意味を持つイベントだった。しかし、やはり失敗続き。けれど、正直に打ち明けても笑顔で受け入れてくれる相手がいる──その事実が、美咲の心を大きく救った。失敗は失敗のまま、でもそこに生まれる温かさが彼女の物語を優しく照らしていた。