1-2 本多巧実という男
主人公についての話です。
主人公の人物像と問題事が上手く伝われば幸いです。
本多巧実が今通っている学校は、自由な校風で生徒の個性を重視した何処を探しても珍しく東京の下町にある中高一貫校。
一応、髪型や制服の着熟しに関しては厳しく突っ込まれることはない。
それでも、風紀を著しく乱すような問題に関しては教師から注意を受けることがある。
当然、長めの後ろ髪を丁髷のように結っている巧実の髪型も注意対象。
廊下を歩いている巧実を見掛けた風紀を担当する男性の体育教師が、
「本多っ! その見窄らしい髪型、今すぐ何とかしろっ!」
と大声で叫び厳しく注意する。
ところが、厳しく注意されたというのに巧実は体育教師の容姿を観察すると平然とした顔で論破するように問い掛ける。
「この学校の校則、髪型に関することは何一つ記載していないのに注意するのはおかしいのですよね。そもそも、見本を示す教師の立場が髪を茶色に染めてジャージ姿で廊下を歩き回るのも学校の風紀を乱すのでは?」
体育教師は巧実の正論のような反論に苦虫を噛み潰した悔しさを見せると、
「今回は注意だけだ。今回だけは……」
と言い残して立ち去って行くのであった。
校風が自由なのは、通う生徒の両親が学校に融資する資産家などや芸能関係などで活躍する生徒が数多く在籍しており学校側は頭が上がらない状態。
それに加え、最近ではモンスターペアレントな保護者から面倒事を避ける傾向があり教職員が強く言える立場ではない。
しかし、自由な校風で融資者の生徒を取り扱っているというのに突出して面倒事を引き起こす生徒が殆ど無く意外と校内の風紀が保たれている。
その要因には、巧実の在籍が深く関わっている。
先日、不良三人組が中心としたギルドに加入を強要された巧実。
当然、巧実はギルド加入をキッパリと断った上に十数人のギルメン(ギルドのメンバーのこと)を相手に一人で立ち向かい計滅的に蹴散らした。
さらに、不良三人組が強制的に加入させられたギルメン相手に恐喝していたところを見掛けた巧実がネットで公開処刑を決行。
その結果、悪事が明白となった不良三人組は停学処分の上に復学後は問題児達を取り扱う特別クラスに移されることが教職員会議で決まった。
同時に、不良三人組の運営するギルドは強制的に解散となり被害を受けた生徒は解放。
本来なら、巧実のやった行為は問題沙汰で停学処分になる筈。
だが、不良などの問題児が蔓延らないどころか身の危険を感じて入学せず結果的に校内の風紀が不思議と守られる。
その上、学校の成績や生活態度に問題が無いため教員らは複雑な気持ちで巧実は今も咎められることなく見逃されている。
唯一の問題、それは高校二年生になったというのに将来のことを決めていないこと。
四月初め、巧実は担任教師に呼ばれて進路相談室に足を運ぶ。
進路相談室には巧実のクラスの担任であるボブカットの女性教師が待ち構え、
「本多君、また空白で進路アンケートを提出について説明しなさい」
と極めて冷静な表情で言って詰め寄ってくる。
至って冷静な担任教師に詰め寄られているというのに平然な態度で巧実は、
「例え、志望を書いても何らかの原因で挫折するのであれば書かない方がマシだと思って。俺っ、今が楽しく自由気ままなニートに憧れていますから」
と相手の神経を逆撫でするような問題発言を目の前の担任に平然と言ってしまう。
その一言で、少し俯き頭を押さえる仕草をして偏頭痛の兆候が見られる担任の女性教師。
心配する巧実だが、顔を上げた担任の女性教師が怪しい目線で睨み謎めいたことを言い出す。
「もし、自分の思うような自由に憧れるのであれば私が紹介しましょうか? 本多君」
まさか、担任の女性教師から逆に巧実を挑発してきた。
まさかの挑発返しに目を丸くして驚く巧実は、担任の女性教師に思わず言葉を失う。
言葉を失う巧実を見て担任の女性教師は、
「冗談よ、冗談。本多君、大人を挑発しちゃダメよ」
と言ってクスッと笑って大人の余裕を見せる。
だが、笑顔なのに「氷の女王」のような何処となく冷ややかに感じる。
冗談だと分かると安堵するが、下手に大人を挑発するのは危険だと思う巧実。
その後、進路指導室を後にする巧実は何かを思い出すと同時に疑問が頭の中に浮かぶ。
(母さんと同じ歳だったよな、担任の望月先生って……。たしか、母さんは先生のことを「ヨーコ」って親友みたいに呼んでいたよな……)
それは、新学期の頃にクラスの担任が親友だと知ると懐かしむように喜ぶ巧実の母親。
しかし、裏切られたのに母親が喜ぶのは何故なのか謎すぎて理解しがたい巧実。
だが、今の巧実は自分の家庭環境に問題を抱えている。
巧実の父は有名な建築家で世界を飛び回り家に戻るのは年に四・五回程度に加え、訳ありでゲーム会社を自主退職した祖父は三年前の冬にスマホを残して失踪中。
現在の母は、自宅一階の鉄板焼き専門店の女将として働きながら家を切り盛りする。
他の人から見れば元気で気前のいい母親のように見えるが、身内には強引で暴走気味なところがあり巧実の不満でもあり悩みの一つになっている。
(以前はジッチャンがストッパー役してたけど……。一度暴走したら、ジッチャン以外に誰一人止める人が……)
と思う巧実は、今も自分の母と距離を置いている状態。
そのため、何からの理由を偽装して家の手伝いを逃れる巧実は様々なゲームの助っ人依頼を気分次第で引き受けるようになり今も母と距離を置いている。
今の巧実は、将来のことよりも今が楽しければ十分に従い。
そんな巧実も幼少の頃に夢があったが、小学生の頃に当時の担任やクラスメイトの心ない問題発言が原因で今のような考え方に至ってしまった。
(もし、将来のことを話しても誰もが思い描いた通りにはならないのに……)
と思う巧実は、今もモヤモヤしている。
そんな中、スマホから着信音が流れ懐から取り出した巧実はチャットを開く。
「えっと、「メンバー不足、クエスト攻略のために助っ人求む」っか……。今日は、モヤモヤするから気晴らしに引き受けるか。助っ人の依頼」
と言ってスマホのチャットで返信する巧実。
そこへ、中学生と思われる女子生徒が巧実にお弁当を持って近寄ってくる。
「タク兄、今日もお弁当忘れたでしょう。はいっ、これっ、香苗オバさんから」
と言って弁当箱を渡してくる女子生徒は、ショートカットの髪型でボーイッシュな見た目で色白の元気のある子供っぽい女の子。
弁当箱を渡してきた女子生徒に困り顔の巧実は、
「学校で「タク兄」は呼ぶな、彩っ! 変な噂になったら色々と面倒に……」
と言って女子生徒に注意し受け取る。
弁当を渡した女子生徒の名は榊原彩、巧実の通う中高一貫校の中等部三年で陸上部に所属する隣近所で付き合いのある顔馴染みの女の子。
学校での彩の制服姿は、なぜかキュロットスカートを愛用している。
そんな彩の姿を見て巧実は、
「彩、何でキュロット……? しかも、私服もメンズ系ばっかり……」
と言って困り顔を見せる。
そんな困り顔を見せる巧実に対して彩は、
「ボク、女の子みたいな格好は似合わないから」
と笑顔で言い返し気にする素振りを見せない。
それどころか、彩は毅然とした態度で巧実の母から預かったことを言い伝える。
「香苗オバさん、「偶には店の手伝いをしなさい」って。だから、ゲームばっかりで逃げ回らなくてもいいじゃん」
すると、彩に対して本音の出る愚痴をこぼす巧実。
「以前は何度か店の手伝いしたけど、くたびれ儲けのタダ働きで何も出ないからヤダ。それに比べて、彩の場合はちゃんとバイト代が出るからまだマシだよ」
巧実が母を避ける理由、それは店の手伝いを何度もやったのにも拘わらず見返りが何一つないこと。
かつては、私用のパソコンやゲーム機の購入を理由で店の手伝いを渋々引き受けた。
しかし、巧実の母は息子の気持ちを完全に無視して店の手伝いを強要してくる。
私用のパソコンやゲーム機は、ゲームの助っ人で手に入れた報酬で購入している。
「タク兄のバイト代、学費でチャラだった言っていたわよ。香苗オバさん」
と言い残し笑顔で去って行く彩に、モヤモヤする気分で見届ける巧実はフラストレーションが貯まっている状態で心の中で訴える。
(その傲慢なのが問題だっつーの……。身内だから何でも許されるのがっ!)
その後、学校終わりの巧実は今日も助っ人としてゲームをプレイする。
鬱憤晴らしの巧実の激しいプレイに、相手チーム内で勝てる者は誰一人いない。
当然、助っ人の成功報酬をキッチリ貰って去って行く巧実であった。
ご覧いただき有り難うございます。
次回は来週の火曜日を予定しています。