ハッピーエンド
世界から、人が消えた。
比喩ではない。
道路にも車一台通っていない。路線が混在していて終日賑わっている駅にも、人はいない。先ほど商業施設も覗いた。が、結果は同じ。
これは夢か? と思い頬を弄るが、じわりと感じる痛みが、現実であると示している。
今の状況が全く汲み取れない俺は、必死に記憶を呼び起こす。
しかし、出てくるのは変わりもない日常の映像だけだった。
仕事を終え、帰宅をして、残業だらけの日々の鬱憤をビールの泡で解消し——気付けばここにいる。
知らぬ間に、世界は俺一人になっていた。
その時、背後から高いとも低いとも分別できない声がする。
「やーっと見つけましたよ」
虚無感に苛まれ始めていた俺は、即座に振り返る。
そこには、優しい笑みを浮かべた紳士服姿の若い男が立っていて、彼は自らのことを「死神」と名乗った。
「いやー、本人が気づかないうちに死ぬと、人間界でも、黄泉でもないところに魂が彷徨っちゃうことがあるんですよ。分かりやすく言うと——そうですね、『バグる』って言葉あるでしょ、あんな感じです」
表情を崩さないまま滞りなく、彼は述べ続ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は理解できないまま、慌てて彼の口から歌のように出てくる言葉を制止した。
「死ぬとか、黄泉とか、なんの話だよ?」
「あぁ、あなたは車を運転していて、交差点で衝突事故に遭い、即死されたんです。すみません、それを最初に伝えるべきでしたね」
今俺は、何を謝られたんだ? 俺が死んだだって?
死、という単語が頭の中で渦巻く。
「いくら悩まれても、事実は事実ですから」
いや、いきなりそんなこと言われても。俺だってまだ——まだ?
まだ……なんだ? 俺には、やりたいこともなければ、大切な存在もいない。
ただの社畜でしかないのだから、生きることに未練など、あるはずなかった。
あの世で暮らせるなら、その方がよっぽど幸せかもしれない。
「俺はずっと、この世界で彷徨ったままなのか?」
提供された事実を受け入れた俺は、率直な疑問を彼にぶつける。
「いえ、今しがたあなたに死を自覚させたので、もう間もなく成仏できますよ」
その答えを聞いた俺は、久々に高揚感を得る。
「そうか、こんな孤独な世界はこりごりだ。早く天国へ案内してくれ」
そこで彼は初めて、表情を転換させて俺に接し始めた。
「んー、それは無理ですね。あなた、飲酒運転したでしょ? それで信号無視をしたところに、相手の車がドーン、と。向こうの方も死んでるので、立派な殺人なんですよ。あ、人間界の法律なんて関係ありませんよ。大事なのは、あなたの行いが『起因』となって、人が死んだか否か、ですから。さぁ、地獄へ行きましょう。安心してください、あなたの罪は比較的軽いですから、ざっと千年もすれば、天国に行けますよ」
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