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夢なる箱

作者: 芋々翼

「陛下、これが例の箱になります」

 目鼻の整った美しい女が、玉座へ小さな箱を献上する。

 皇帝は目を閉じ深く息を吐くと、徐に立ち上がった。

「ついに……。ついについに。よもや儂の生前には目に掛かれぬと思っていたが……」

 声を震わせる姿に、周囲を取り囲む従者達も感激したように頷き合った。

「陛下、それで一体どうなさるつもりで……」

 臣下の一人が恐る恐る詰め寄る。君には知らせてなかったな、と向き直すと―――

「無論、我が王国による征服の成就だ」

 皇帝は屈託の無い笑みを浮かべた。

「時間の征服。この箱には地上のあらゆる歴史が詰まっておる。過去、現在、そして未来まで……。お主の知っての通り、それを振るえば時間を意のままに操れる」

「……っ! いけません、陛下! その箱は禁忌であるとご存知であるはず! 人知を超えたその力を使えば災厄が降りかかると私何度も……」

 飛び掛かる勢いで喚く臣下を、周囲の男衆が取り押さえる。

 見下ろす皇帝は箱を高く掲げると、周囲へ叫んだ。

「刮目せよ、世界の孤児達よ。此度は我が王国の祝福を以て、全てを支配して見せようぞ!」

 硝子の箱が割れ、中から閃光が漏れ出す。誰もが眼も開けられない状態の中、皇帝だけがそれを見つめていた。

 ……やがて。

 光が収まった世界には、変わらぬ聖堂と臣下の景色が広がっていた。

「おお……? 変わった……のか? 王国の支配は、祝福は。達成されたのか?」

 啞然とする皇帝に、取り押さえられていたはずの臣下が声をかける。

「陛下、どうなさったのですか。それにその箱は一体……」

 不可解そうに見つめる臣下。依然とほとんど変わらぬ中性的な容姿であったが、胸の膨らみが強烈な違和感となって掻き立てる。

「お主、女なのか……。ありえぬ、ここは皇后以外女子禁制であるぞ!」

 狼狽える皇帝に、臣下は眉を顰めた。

「お言葉ですが……ここは皇后陛下以外女子であります」

 なんと、見渡す限りの女達。

 しかし呆然する間もなく気付く。

「皇后以外だと……」

「はい。その通りであります」

 臣下のすぐ斜め後ろに目をやると、筋骨隆々な長身の男が眼に映る。ありえぬ。まさか儂が。

 皇帝は吐き気を抑えるように手を口にあてがうと、臣下に振り向く。

「それで、我が王国はどうなったのだ。支配は。征服は。達成したのだな……」

 目を丸くする臣下。お言葉ですが、といたたまれない様子で口を開く。

「我が王国は先ほど、外ならぬ陛下殿によって降伏を宣言されたはず……」

 目を伏せると、言葉を濁らせる。

「……」 

 焦燥に駆られる王は縁に駆け寄ると、街を見渡した。燃え盛る建物に、焼け焦げた残骸が眼に映る。

「馬鹿な―――馬鹿な!」

 脇目も振らず床を叩き付ける。屈強な男も慰めるように抱き付いてきた。

「ふざけるな!」

 男を振り払い、皇帝は箱に駆け寄る。

「我が王国の祝福を……支配を! 必ず成さねばならんのだ!」

 掲げた箱に、再び亀裂が入る。

 眩い閃光に誰もが呻く中。

 皇帝だけが、感嘆を漏らし深い安堵の中にいた。


 眩しい。まだ、光は収まらんのか。

 皇帝が手を庇にして見つめると、それが太陽であることに気付いた。

「外……。なのか……」

 身体を起こす。手の土汚れにため息を吐くと、身体中の擦り傷や汚れが映った。周囲には人の気一つ無い。

 冷や汗が頬を伝う。全身の毛を逆立てたまま、王は狼狽えつつも歩き続けた。

 そして何時間も歩き続け、日が暮れた頃にようやく一つのみずぼらしい民家を見つけた。

「誰かおらぬか」

 捻り出した声。しばらく待てど反応が無いので、皇帝は戸を叩いた。

 出てきた中年の女に、縋るように王国の行方を尋ねた。 

 だが。

「そんな国、知らないねぇ」

 不快そうに佇む女。嘘の顔付きではなかったが、皇帝は無礼を躾けようと口を開き掛ける。……が、そんな気力も立場も無いことを知るだけだった。

 倒れ込む皇帝。女も焦るように寄るが、傍にある箱が映ると皇帝を無遠慮に押し退けた。

「なんだいこれ、綺麗な箱だね。……ふーん。随分といいもの持ってるじゃないか」

 返せと。やめておけと。視界も声も擦れる中、皇帝は足首に掴みかかる。

「邪魔するんじゃないよ! これはあたしのだよ!」

 女は皇帝を足蹴にすると、勢いあまって箱を滑らせてしまった。

「あぁっ! あたしの箱が!」

 悲鳴もつかの間、嘆く間もなく閃光が世界を照らす。

 女は顔を歪ませると、やがて跡形も無く消えてしまった。

 

 薄れゆく意識の中……愚かなことをしたと、老父は嘆き眼を閉じた。

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