ちっぽけでありきたりな
翌る日、柳楽は異様な身体の怠さに見舞われた。
「はぁ…」
「どうしましたか?」
「なんっか…凄く怠いんだ。上手く言えないけどさ…」
不思議そうな顔で身体の節々をチェックしていると、サムサが説明してくれた。
「あー…ソレ、時間の流れのせいでしょうね〜」
「時間のせい?」
「ええ。ここへ来る前に説明しましたが、ここは1日の時間の流れが24と1/2時間なので、凡そ36時間な訳ですよ」
「それはつまり、どういうことだ?」
「そうですね…例えるなら、1時間がなんとなく長く感じたり、夜更かしした次の日…みたいな症状かと思われます。あなたの居た元の世界より長いので、身体が慣れてくるまでは大変でしょうね?」
確かに、言われてみればそうかもしれないと思った。倦怠感がこの先暫く続くのは厄介だと思う。少しでも早くこの世界に順応したいと思ったその時、何やら近づいてくる気配を察した。
「なぁ?何かが来る気配を感じたんだが、何か見えないか?」
サムサに問いかける。
「いえ、そのようなものは…ん?」
サムサが目を凝らして見た先に、突進してくる女がいた。
「あれは…」
「なんだ!?何が来る?」
遠くから声が聞こえてきた。
「…て!…れかっ!!」
「おい…おいおい!これ避けなきゃ俺たちも吹っ飛ばされる!!」
向かってくる何かから全力で逃げていたら、頭上を追い越した。
「ぐへっ」
そして見事に落下して顔面を地面に叩きつけた。起き上がるその女は、深緑の瞳に燃えるように紅く、太陽の光に反射して輝く長い髪のそばかす女だった。
「ブッ…うえっ……少し口の中に入ったかも」
「あ…あの…大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫。あ!私のシルフォニアは!?」
「はい?」
「あ!いたーー!!」
そのシルフォニアという生き物は歩く度に音が鳴る不思議な動物で、蹄の音とはまた違っていた。白く透き通るけれど、光の反射で虹色にも見える。だが不思議だ。馬のような体で翼が生えている。そしてツノが生えている。そのツノは透明で虹色に輝き、まるでダイアモンドのようだ。よく分からないがユニコーンとペガサスを掛け合わせたかのような動物だ。こんなものに乗っかって来たのかと思った。
俺は、変な女に出会った。
少し時間が経って、ようやく落ち着いて話ができた。
「申し遅れました。私、フェリシア!止めてくれてありがとう」
やけに丁寧な口調だなと感じつつも、挨拶を交わした。
「いや、そうでもなかったよ。止めたというより止まってくれたが正しいかな?俺はユーリ!よろしく。こっちは…」
「サムサです」
簡単な挨拶を済ませたところで気になっていた事を質問する。
「あのさ、その…シルフォニア?って何??」
「えっ!!知らないのー!?」
「声がデカい…」
「あ!これは失礼。この子はアダマス・シルフォニア!シルフォニア種の中の最上位種よ!!」
「てことは他にもあるのか!?」
「ええ。ブラック・シルフォニア、ルベウス・シルフォニア、サピロス・シルフォニア、ヨール・シルフォニア」
全然聞き馴染みのない言葉だと思った。ブラック以外色が想像つかない。
「じゃあソレは?」
「この子?この子のツノはダイアモンドと同じくらいの輝きなの。そしてこの子の毛並みは最も柔らかく光輝くからツノと同様に密猟者に乱獲されるの。私はそれらから保護している。ちなみにブラックのツノは石炭よりも煙を出さないのによく燃えるし魔力との相性も良いの!あと、ルベウスはルビー、サピロスはサファイアのように加工すると美しい宝石に変わる。ヨールは太陽のような輝きを放つから、神事に使われるわね」
「乱獲ってことは、この生き物はここにしか生息していないのか?」
「ええ。この国の固有種で古くからいる。この子たちは、いつしか特別な存在になってしまったの。最初は人族とも仲良くしていたのに…今では森の奥地でひっそりと生きている。神聖視されている。だからこそ護るの。」
この女の言葉には、少し重みを感じた。何か別の事を言っているみたいだ。
「それじゃっ!助かったわ。もう二度と会う事は無いでしょうが、また機会があれば。どうもありがとう」
手を振ってくれたので、同じく手を振って後ろ姿を見送っていたら、サムサが意味深な事を言った。
「価値とは、人がこの世に誕生してから生まれた概念です。そしてそれは、初めは物々交換…やがて時は経ち、お金に変化し、対価として等価交換するようになったのです。しかし本来なら、どの種族、どの物、それら総てに価値があります。あなたは…価値という概念をどのように考えますか……?」
俺は息を飲んだ。そんな事、考えたことすらない。そんなもの考える奴なんか居ない。何故急にそんな話になるのだろうか?第一、価値観なんて人それぞれだ。けれど何か、言いたげな顔をしているこの女の子の力強い眼に当てられた。
「価値とか概念って、こんなちっぽけでありきたりな俺みたいな人間が簡単に結論出せるわけないだろ?」
サムサの強張った顔がゆっくりと和らいだ。
「それもそうですね」
風が気持ちいい。身体の怠さは未だ残るが、またあの女に会えるだろうか?などと考えた。柄にもない考えだと自分を笑った見上げた空は、曇り空が風で少しずつ晴れていき、雲間から光が差していた。




