二人の姫君
「あの…なんで血が出ていないんだ?」
「ん?これか?当たり前だろ。君主が民を血で染めるなどあり得ぬことだ」
「よく…意味が分からない…」
「其方…家名を名乗れ」
「えっと…」
「こちらの方はルブル侯爵家が三男、ユーリ様です」
(そう、俺の名は柳楽宵吏だ。この世界ではユーリとして生活する事になった。多分他でもそうだろうけど、果たして大丈夫だろうか?)
「そうか。ならば三男とて、侯爵家ならばしっかり学べ。仕方がない…余が講義してやろう」
(よかった。どうやら何も違和感は無いようだ。まぁ苗字も名前も珍しい部類だろうから逆に馴染んだのかもしれない)
「この剣は特別なもので、裁きを下す剣なのだ。だから血が出ない代わりに寿命を吸い取るのだ。峰打ちならば被害者の痛みを加害者に与える」
「なるほど…」
「この者等を連れて行け」
「はっ」
黒いフードを深く被っていて顔は見えなかったが、まるで忍者のように肌の露出が少なく、動きやすそうな黒装束の人がレイルとかいう女の付き人なんだろう、などと考えていると向こうから別の女が現れた。
「レイル!また抜け出したのですか!!」
「ごめん…シルビー…」
「お戯れも大概にしてくださらないと…うむぅっ!」
「すまない。シルビーのためにどうしても限定アップルパイを買いたかったんだ」
「ま…まぁ、許して差し上げますわ」
「ありがとう!シルビー」
何故か目の前でイチャラブカップルを拝まされている俺である。
(俺…忘れ去られてる…)
「ところで…」
「ああ、忘れてた!彼の者はルブル侯爵の三男、ユーリというらしい」
「は…初めまして…」
(正直この国で生まれ育ったわけじゃないから所作とか言動とかちっとも分からない…せめて平民がよかったな…)
「まぁ…ん、あなた…」
「どうした?シルビー」
シルビーと呼ばれている女の瞳の色が変わった。ずっと俺を見る。何か見透かされてるような感覚がして、少し…不気味で怖いと思っているとサムサが割って入ってくれた。
「申し訳ありませんが、我々は急いでおります故、そろそろお暇させていただきたく存じます」
身体が強張る。身動きが取れなかった。サムサが割って入らなければ気圧されていたと思う。手の震えが止まらない。
「ああ!そうだな。迎えが来たことだし、戻るとしよう。行こう、シルビー?」
「えぇ……」
「だはーっ…はぁ…はぁ…」
「大丈夫ですか!?気を失うとかやめてくださいよ?運ぶの大変なんですから!」
相変わらずの辛辣口調…いや、毒舌が逆に安心する。それほどあの女が恐ろしかった。
「いや…別に…大丈夫だ。少し気が抜けただけだ」
そうは言っていても、手の震えは止まらない。不気味だった。瞳の色が変わった瞬間から何か異質なものに感じられた。本能的にヤバいと思った。姿が見えなくなるまでは動かないでおこうと、本能に従って暫く座り込む。
「サムサ…あのシルビーって奴、なんなんだ?」
「彼女は、実質的に祖国から追い出されたお姫様の娘です…」
「どういうこと?」
「彼女の名は、シルビア・ヴァンディミオン・リディア公爵令嬢です。そして彼女の母君がヴァンディミオン王国、現国王の妹君です。なので彼女は王族と皇族の血を引く生粋のお姫様であり、両国どちらの主権も握れるんです…」
「生粋のお姫様ねぇ…」
「彼女の母君は絶大な魔力を有していたせいで、実質的に国外追放も同然な形でこのリディア帝国に嫁がされました。そしてその娘もまた、魔力量に底が無く、いとこ同士というのに畏怖されるせいで呪い子などと王国で騒がれています」
「それは可哀想だな。チートって凄いと思うが?」
「チート?…ともかく、あなたが腰を抜かすのも無理はありません。彼女は制御ピアスと制御ネックレスを身につけてましたから」
「へぇ〜、それは凄いな?強いんだろうな〜」
(この男…なんて呑気な!危うくこの世界でも死にかけたんだぞ!?ともあれ、無事成功して良かった。あの人…私に干渉する何かをしていた。それに引っ張られなかったのは刻の番人の効力のお陰だろう。よもや…魂はそのままに、柳楽さんの身体をレイル皇女と入れ替えようなどとは…余程王国に恨みでもあるのか?正直、レイル皇女よりも厄介そうだ。それに…今頃はバレているだろうな…)
「おいってば!」
「わわっ!!」
「さっきから呼んでんのにずっと考え込んで…大丈夫か?」
「……当然です」
「うわっ、いきなしの復活…また辛辣モードかよ…」
(私の目的は、この世界の調停と共に、元の世界に柳楽さんを返すこと。万が一の時は、調停者として全うしよう)
「さあ、姿が見えなくなりましたし、そろそろ行きましょうか」
「ああ!俺も手の震えが止まったし、行くか」
サムサに引っ張り上げられた時、あのレイルって女とは違う感じがした。男勝りというレベルではないと思った。そしてサムサがシルビアという女と会ってから辛辣度合いが跳ね上がった。先に進めば何か分かるかもしれない、そう思った。
「レイル…」
「どうした?シルビア」
「さっきの男の子…」
「なんだ?余以外に目が行くとは…妬けるではないか」
「違う!ばか!!」
レイルの頬に赤い手形がハッキリと見えるくらいにシルビアから重い一撃を受ける。
「す…すまない…冗談だ」
「そうではなくて、さっきの男の子…天聖の儀に応じた子だと思うわ」
「なんだって!?」
「声が大きいわ」
「確かなのか?」
「ええ。魔眼で見たもの。間違いないわ」
「では、口伝の伝承通り、上手くいっていたのだな?失敗ではなかったのか!良かった。ならば早速…」
「大丈夫よ。必ず私たちの前に現れる。その時まで待ちましょう?」
「ああ、そうだな!これでやっと、希望が叶う…」
「えぇ、そうね…」
自身の希望が叶う事に高揚し、シルビアを抱き寄せるレイル。そして不敵な笑みを浮かべるシルビア。
馬車の窓から陽が差し込む。陽の光に照らされたシルビアの瞳は、真珠貝の内側のように虹色に輝いていた。




