冒険のはじまり
「もう、目を開けてください」
聴き馴染んだ声に少し安堵し、目をゆっくり開けてみた。目の前には頂上に雪が少し積もった岩山、緑豊かな山々、足元には草花が広がっていた。そして…大きな懐中時計を携えたうさぎが居た。
「…え?うさぎ??」
「ウサギとは何ですかっ!私にはサムサという歴とした名前があるのです!!」
「う…うさぎが喋ったー!?」
思わず後ずさりをしてしまった。だが確かに、声はサムサに間違いはなく、それでも信じがたいせいもあって上から下まで細かく見てしまった。
「まったく…あなたって人はつくづく色々諸々最低な方ですね」
今のこの言動により裏付けされた。間違いなくサムサのようだ。
「いや〜…なんというか、変わった姿してますね?」
機嫌を損ねてしまったから少し丁寧に対応しておこう。
「ふんっ。まぁ、いいでしょう。この姿が本来の私の姿です。ちなみに刻兎種なのでそこらのウサギと同列はやめていただきたい」
「こくとしゅ…?」
聞き慣れない単語が出てきて混乱しているのが分かったのか、サムサが詳しく説明してくれた。
「刻兎種…それは刻の番人やタイムトラベラーのようなイメージで構いません。同じ刻の番人でも我々には二種類います。私はその内の一種で上位スキルが使える種族です!」
何やら誇らしげだが、種類があることに驚いた。
「ちなみにもう一種類はなんだ?」
「それは月兎種ですね。ですが彼らは我々より後の存在であり、我ら一族は始祖であり、私はその子孫です」
「それは末裔ってことか?」
「いいえ、違います。長命の一族でもあるのでまだまだ色濃く血を受け継いでいるので、ちゃんと子孫です。特に私は兄妹達の中でも最も濃い血を引いた直系ですから」
またもや誇らしげだ。話しから察するに兄妹がいるわけで、俺には兄妹というものがないから少し羨ましく思う。
「で、何人兄妹なんだ?」
「あぁ、兄姉、弟妹全部で18です」
「じゅっ…18!?どんだけだよ!!」
脳に戦慄が走る勢いで頭が冴えた。さすがに人では中々難しい数字だから、やっぱうさぎだろ?と思ったが、それは心の中に留めた。
「この国では人族の姿になるので少しお待ちを…」
そう言った後、光に包まれた。光が消えて再びサムサの姿を見て驚いた。
「お…お前っ…女だったのかよ!??」
「ええ。当然でしてよ?」
「どう考えてもサムサとか男っぽい名前だろ!!」
「は?男っぽいとか女っぽいとか意味不明です。ほんと一々つくづく不敬極まりなくて不快です!」
辛辣な言動は変わらなく、正直ウザいと思っていたが、思いのほか顔が可愛くて、胸もケツも出るとこ出ていて、ウエストも俺好みにキュッと締まっていた。肌色はさすが白いうさぎだけあって色白で、髪色が虹色のような、月の光のような輝きを放つ綺麗なロングヘアだ。そして瞳の色がまるで星空のようだと思った。ふわふわとした髪が風になびいて、髪を耳にかける。俺の方を見る星空の瞳に、強く、引き寄せられる感覚がして、目が離せない…。
「さぁ、行きますよ?まずはこの国から、あなたの冒険の旅が始まるんですから」
「そっ…そうだな!」
「なんですか?しどろもどろしている姿も気持ち悪いを通り越して気色悪いです」
「う、うるさい!」
心拍数が上がる。間が持たない。現実世界なら絶対アイドルだろこのレベル!
だから俺は、どんな街なんだろう?食べ物は何があるだろう?などと話しながら歩き始めた。うさぎのままの姿、あるいは声だけならこんな事にはならなかっただろう。緊張しているのを悟られないように、必死に言葉を繋いだ。
「おい、止まれ。身分証と通行税を提示しろ」
これはこれは…お決まりのような台詞だと思いながら目をサムサに向けた。
「通行税ですね?はい。それと身分証です」
「これはっ!?大変失礼いたしました!ルブル侯爵閣下であらせられましたか」
「…ん?ルブル侯爵ってなんだ?」
「それはあなたが言ったんですけど…」
確かにそんなような話をしていたような気がする、と思い返した。
『あの、ところで侯爵名はどうしますか?』
『えー、名前?んー…じゃあルーブルで』
(テキトーな名前にしてもヨーロッパ系が良いだろうから…とりまルーブル美術館から名前取るか)
『ルブルですね!かしこまりました。では…』
『いや違うし!ルーブルだってば!』
(結局、聞き間違えられたままなんかい!)
何はともあれ、無事通行許可が降りて街に入ることができた。
「街が賑わってるな〜。何かのお祭り?」
「ああ、今日はこの国の一大イベントである建国祭でした。ここは帝都なので帝城に行けば召喚主に会えるかもしれませんね?」
「そーなのか!なら先に街を色々と見て回りたいな」
実は先程からウズウズが止まらなかった。香ばしい香りをした肉串や大きなバンズに色々詰まってるハンバーガーのようなものや甘味類など、多彩な食べ物が売られている。まるで縁日みたいだ。空腹が限界に達していたせいもあってか、サムサから事前に受け取っていたお金を元に食べ歩きをしながら帝城に向かった。勿論、ここでは金貨を出したらマズイだろうからサムサに聞きながらお金を支払った。
腹ごしらえも束の間、人でごった返しているせいでよく見えないが、どうやら前方で揉め事が起きているみたいだ。
「観念せよ!」
「くっ…クソが!誰がテメェなんざの言う事聞くかってんだ!!」
「そうか…斬られる覚悟があるというわけだな?」
「お…おい、よせ!ソイツは皇剣の姫君なんて呼ばれてる奴だぞ!?お前に勝ち目ねーよっ!」
「ほう…?余を知っておるのか」
人を掻き分けて見た先には、眩く光り輝く剣を鞘から抜き、今にも男に剣を振り下ろそうとしていた女の子がいた。
「ちょっとっ…!!」
「はっ…!」
「其方…何者だ?」
「あなたは…なにいきなり剣を振り下ろそうとしているんですか!いくらなんでも可哀想です!!罪人って訳じゃないでしょう!?」
思わず男を庇ってしまったのが運の尽きかもしれない。
「ありがとよっ!坊主!!」
「フッ!」
「がはっ…」
「えっ…?」
庇ってしまった男に背後から殺されそうになった所を危うく助けてもらった。そして、斬られた男から血が出ていない…一体どういう事だろうか?と頭が混乱していた。
「ふっ…ははははっ!面白いな?汝は!!」
そう笑い飛ばした女の子は、妙な感覚がする女の子だった。
「はぁ…はぁ…やっと追いつけました。人混みのせいで中々追いつけないと思っていたら…まさか、こんな事になるとは……」
「こんな事?」
「この方はリディア帝国皇女、レイル・アレクトス・リディア殿下。二つ名は、皇剣の姫君」
「その異名は好いてはおらぬ…が、余は多国にもそう呼ばれておるのだろうか?まぁ良い。立てるか?」
引っ張り上げる力は男にも勝るだろうか?美人だけど儚げというわけでもない。どこか異質なものを感じずにはいられなかった。




