召喚前のひととき-後-
同刻、召喚準備を進めている各国は、それぞれの思惑の下、準備が着々と進んでいた。その中で最も早く召喚準備が整いそうな国がリディア帝国である。
帝城最下層の月明かりも届かない最深部、そこに祭壇があり女三人が立っていた。石造りの壁にある松明の灯りの中、秘密裏に行われていた。
「幼少の頃…男になりたいと願い、精霊獣に魔法をかけていただいたのにもかかわらず、身体は女の身のままである…これでは何のために…何のために…」
「レイル…あなたまさか…!?」
「レイル!私たちはあなたの敵にはならない!絶対に!!だから…」
「シルビア、フェリシア…汝等の所為ではない。男を望まれながらも女としてこの世に生を受けた余の所為だ。精霊獣に魔法をかけてもらったのに男になりきれなかった…不甲斐ない…」
「レイル!…私は!男にならずともあなたをお慕い申し上げております!!」
「私も!!だからわざわざ天召の儀を行うことはございませんわ!!!」
「……シルビー!」
レイルの息混じりの掠れた、女性としては低めの声でシルビアを愛称で微笑みながら呼ぶ。そしてその呼び掛けに瞳を潤ませながら、歯を噛み締めながら問いかける。
「…あっ…くぅぅっ…私のために…そこまで…御身を犠牲になさらずとも!!」
「シルビー…女として生を受けたが、余も其方を愛しておる。だが現行の制度では認められてはおらぬ。故に、コレが必要なのだ。かつての約束を果たそうぞ」
「レイル…!!それではあなた自身の存在そのものが…」
「それにこの名前も男を想定して考えられた名だ。今度こそ本物の男になってみせる!」
「レイル…本気なのね?何が起こってもおかしくない儀式なのに…」
「シア!見張り、頼んだよ」
「くっ…分かったわよ!未来の宰相を舐めんじゃないわよ!!」
「ありがとう、シア!そして泣かないで?シルビー。あなたを必ず、余の皇后とする!大切な存在だからこそあなたの夢、余が叶えてみせよう」
冷えた石造りの床に泣き崩れるシルビアを優しく抱きしめるレイル。そしてそれを横目に見ながらも見張りをするフェリシア。
「シア!汝の気持ちには応えられない。余にはシルビーしかおらぬ。頑張れて宰相兼皇妃くらいにしか出来んが、それでも余を想ってくれるのか?」
互いに背中合わせの中で会話が続く。
「当たり前じゃない!私は、レイルの中身に惚れてんだから!理屈じゃない…見た目じゃない…人として大好きだからに決まってんでしょーが馬鹿レイル!!」
「よし、三人でこの国を生まれ変わらせよう。奴らに我が国を絶対に犯させない!」
フェリシアは涙を拭い、失恋の痛みを味わう。その顔は、俯きながらもスッキリした表情だ。シルビアも涙を拭った。そして見張りの下、レイルとシルビアは手を繋ぎ合わせ、呪文を唱えた。すると祭壇から眩い光が放たれた。
一方その頃、サムサは残り三国についてを柳楽に説明していた。
「さて、次にヒューリアス皇国についてですね。水上都市と呼ばれる首都は特に水資源が豊富です。ここはエルフ族の国になります。山や木々も豊かですが何より水が豊富で深海には魔導石が多く採掘できることから別名、魔導皇国と呼ばれています。この国では教皇が国の代表者であり、現在の教皇は女性ですね」
「おお…俺はエルフとして行くのか?」
「いえ、ハーフエルフとして行くことになります。元々あなたは人族なので完璧なエルフにはなれません。従ってハーフエルフが限界ですね」
「そうなのか。耳が長いだけじゃないのか?」
「いえいえ、純血のエルフ族は精霊を微弱でも感知出来ますし、魔力量は子供であっても相当量なんですよ」
「じゃあ嘘が即バレなわけだ」
「まぁ、召喚にも最低限の理を守らねばならないので。それにハーフエルフ種は大多数を占めているので」
「ん?種ってことは他にも種類あんのか?」
「はい。純血のエルフ種とダークエルフ種です。ダークエルフには純血と混血がありますが、教皇は必ず純血のエルフが選ばれています。純血のエルフとダークエルフには種族間における争いや差別が絶えないようです」
「ふーん?」
(ヒューリアス皇国ってとこは、何だか元いた世界と似てる部分があるな。差別…ねぇ……)
「あと、ゼトア公国は小国ですが大陸の中心にあるため交易が盛んです。そして亜人国家ですので念のため亜人として向かっていただきます」
「やべーとうとう俺も猫耳を経験すんのか〜」
「さぁ?猫耳かどうかは分かりかねますがね」
「そして最後に、ヴァンディミオン王国です。こちらは多種族国家なのですが、王家は妖精族です」
「おお!ファンタジー」
「当然、魔法が盛んな国で、ドワーフ族が造る魔剣は一級品らしいです。」
「魔剣!!」
是非とも最初に召喚されたいと心の中で懇願していた。
「大陸そのものが国土なので水資源のみならず、あらゆる資源が豊富でとても豊かな国です。生活面ではこの国が一番生活しやすいかもしれませんね。なにせ…魔導石に種類がある程なので、好きな魔導石で欲しいアイテムが造れるかもしれません」
「魔導石にも種類があるんだな?」
「ええ。山からは地下で採れる黒魔導石、森林地帯で採れる翠魔導石、火山地帯で採れる紅魔導石や薄い色をした桜魔導石、海からは深海で採れる蒼魔導石、湖や川で採れる翠魔導石です!どれも密度が高くとても美しいそうですよ!」
やたら興奮しながら目を輝かせ、鼻息荒く説明してくれたサムサ。その様子を見て思わず引いてしまった。
「す…すごいな?」
「ええ!特に希少な魔導石である紅魔導石はルーベルと呼ばれ、蒼魔導石はサフィルスと呼ばれているのですが、これはあなた方の世界でいうルビーとサファイアです!あと、虹色の魔導石もあるらしいです」
(何だかそれは宝石みたいだな)
「すると?俺のいた世界には貴金属の種類が山ほどあったがアクセサリーみたいなのがあるのか?」
「そうですね。ペンダント、ブローチ、ピアス、リング、ブレスレットなどに細工して、魔力補助やら色々出来るみたいです」
「へぇ〜、アクセとか着けたこと無かったし、そこは新鮮かもな〜」
「あまり興味が無さそうですね…?」
「まぁな。それよりも…」
「ん?なんです??」
「いや、何でもない」
(魔法の国が二つもあって両方とも行けるとかむしろそっちのワクワクが止まらねー!!)
「あ!そろそろ一つ目の国に呼ばれるようです。準備は宜しいですか?」
「ああ、とりあえず頑張ってみるわ」
「一応サポートしますのでご安心を!」
「どうだか…」
声の主サムサに対し、声だけでどうサポートするのか?と思いつつも、光に包まれる。これから向かう場所への不安が手汗となって現れた。
緊張を感じないわけじゃないし、ワクワクしている部分もある。
俺は手汗を握り、目を閉じ、深くゆっくりと深呼吸した。




