まさかの異世界スローライフ
「嘘じゃん…」
日本のどこかにあるであろう草花が彼方まで広がる大地。背中には大きな木が悠々と聳え立つ。ぽかぽかと暖かい陽気と少し湿り気を帯びた風がそよぐ。
「一体どうやって来たんだろう?」
ブツブツと独り言を言っていると突風が吹き、ふと見上げると上空でドラゴンが素通りした。その光景を見た柳楽は確信した。ここは異世界なのだと。だがどうやってここまで来れたのか道筋が分からない。疑問符だらけの中で一つの答えに辿り着く。
「飛ばされたのか召喚されたのか知らないけど、とりあえず散策?一先ず街を探して情報収集だな!」
柳楽は街を探すため、歩くことにした。
「マジかよ…なんなんだここは」
今は何時だろうか?身につけている腕時計の針はくるくると回り続けているだけでちっとも時間が分からない。見続けていたら目が回ってしまう程狂っていた。
「あ!スマホ!!」
ふとスマートフォンがポケットの中にある事に気づき、ポケットから取り出してスマートフォンを覗いてみた。
「おっ!まさかのバリ3じゃん!!奇跡…」
奇跡と思ったのも束の間、確かに電波が来ている事を示す棒が3本表示されていたが、スマートフォンの刻は止まっていた。
「おいおい…時計はくるくる回りっぱなしだし、スマホは静止状態かよ…」
柳楽は落胆した。異世界ということは自分はもしかしたら勇者になれるのかもしれないなどと思っていたからである。しかしその考えは甘かった。
「はぁ…帰りてぇー…」
気怠そうな声で意気消沈としながらも歩みを止めなかった。
視界に広がる光景は、辺り一面に広がる草花と、時々遺跡のような石で出来た建造物らしきものや木々だけだ。たまに素通りする度に誰か居ないか目を凝らす。しかし一向に人との出逢いは無く、ただひたすらに歩いていた。むしろ小動物さえも出会わないときたものだ。そしてふと思った。この世界には昼夜が無いのか?と。先程から歩いているが目を覚ましてからずっと明るいままだからだ。
「もしかして白夜がある世界なのか?全然暗くならない」
どれくらい歩いただろうか?そろそろ足が痛くなり始めたので、再び現れた遺跡のような所で休むことにした。
「ここはさっきのヤツと違って屋根も塀も壁もあるし、雨風が来てもなんとか凌げるな!」
「……」
腹が減っては戦はできぬとはよく言ったものだ。人間はどんな状況下に置かれても空腹には抗えないのだと再確認した。
「腹減ったな…。でも食材的なの全然見当たらないしなー…」
一瞬だがドラゴンを脳内で思い浮かべてしまったが、流石にそれはないなと考えを改めた。
「なんか不気味な鎧があんだけど…!?」
先程入った遺跡のような建造物はどうやら城跡のようだ。外からは分からなかったが、奥へ行くにつれて内部は複雑な構造をしていた。お腹を空かせているが、食材探しと並行して城内を探検してみる。柳楽には兄弟が居ない一人っ子だが、両親共働きの環境で育った為、料理は比較的得意な方であった。
「ただなー…困ったな」
柳楽は歳の割に大人びていた。見た目は好青年で爽やかな印象を相手に与えるが、当の本人はややオヤジ臭さがあった。
「鍋が有ればなんでも出来るが、鍋だけあっても仕方ないしな…」
今日の夕飯の支度をしたくても出来ず、食材も見当たらない。空腹時の人間の思考回路とは不思議なもので、決してふざけている訳ではないが、思わず腕を噛んでみてしまった。
「やっぱ痛いだけだったわ」
腕には歯形と痛みだけが残った。
「餓死しそうだわ…コレ…」
暫く歩いている内に地下に続く階段を見つけた。
「…見るからに怪しいそう」
不気味さ漂うが、食材や調理器具を探さなくては餓死してしまう。外がずっと明るい為少しの隙間から光が差していた。その光を背にして少し覗いてみる。すると妙にしっかりした壁や天井。だが暗いせいで内部がよく分からない。
「しゃあねぇな、行くか!」
柳楽は一歩づつ慎重に階段を降りて行く。
「ボッ」
「うわっ!?」
降りていく中で壁に付いている吊り燈篭のようなランタンのような物がいきなり光だした。中は火のように見えるが暖かみは特に感じない。
「中華系?ヨーロッパ系?てか何系なのこの異世界!??」
歩く中で自動的に足元が照らされ、過ぎ去れば消えて行く省エネランプである。
「なんか、便利な照明だな」
関心していると廊下のような場所に辿り着いた。回廊だろうか?左右どちらに行けば良いか、まるで検討つかない。
「あーもうっ!どっち行けばいいんだ!!」
叫んだ瞬間不思議な現象が起きた。
「なっ…壁に文字が…」
だがしかし解読出来ない文字だった。ただ一つ読み取れたのは矢印だった。
「うーん…とりあえず矢印の方向に進んでみるか。ご丁寧に道筋出してくれんなら、最初から出せし!てか食材とか出ねーかなー?」
壁に浮かび上がった文字の矢印を頼りに歩いてみることにした。
廊下に響き渡る音は自分の足音だけ。本当に1人なのだとしみじみ思う中、何か光が差してる場所を見つける。
「あの光はなんだ!?」
思わず走り出した。あの光の向こうには何かあるのではないか?誰かいるかもしれない?そう考えると居ても立ってもいられず身体が反射的に動いていた。
「誰か居るのか!?」
反射的に声を張り上げた。辺りをキョロキョロと見渡すが誰も居ない。一瞬落胆したが、そのあとゆっくりと光の差す方を見上げた。
「…は?」
見上げた先には巨大な時計があった。針はひたすらにくるくると回り続けている。
「なん…なんだ?コレ…」
目の前に広がる光景に驚いていると、声が聞こえてきた。
「ようやく辿り着きましたか…」
何故か残念そうな感じに聞こえて少しばかりイラッとした。
「はあ?誰だっ!」
柳楽の声掛けに答える声の主は中性的な声だった。
「私は時を司る番人のような者です。些か来るのが遅かったようなので、正直待ちくたびれましたよ…」
なんかイラッとする物言いの声の主に耳を傾ける。
「あなたは、どうしたいですか?」
「……?」
質問の意味が理解出来なかった。目が覚めたらこんな所に来ていたし、腹も空かしている。正直帰りたいところである。
「おや?意味が分からない、みたいな顔してますね?」
「顔分かんのかよ!?」
「…。まあそれはさておき…」
「いや、さておくなよ」
「あなたは前の時間軸でどうやら何かのアクシデントに見舞われたようで、今は生死を彷徨っているようです」
「てかアクシデントって言葉分かんのかよ」
「…コホン!どうでしょう?誰かがあなたを呼んだようなので、とりあえずこちらの世界をエンジョイしてみては?」
「なんだこの軽い人。てかエンジョイって単語知ってんのかよ」
「……。」
「まあいいや。てかお前女?男?どっちなんだ??」
「いずれお会いするでしょうから、とりあえず暫くは声だけで。ところで、お腹は空いてませんか?今日のところはここで腹ごしらえは如何でしょう?」
若干声の主に思う所はあったものの、空腹に抗うことが出来なかった。
日本の料理とも、洋食ともいえないものだったが、とても美味しかった。満足したら段々と眠くなってきた。人間である以上、睡魔は何処に行こうとも訪れるのだと関心した。安心して眠れる場所に召喚されて良かったと、正直ホッとしている。そしてふと思い立つ。
「そういえば!お前の事はなんて呼べば良いんだ?」
声の主はその中性的な声で「サムサとお呼び下さい」と言った。今日はもう寝よう。明日から始まる、長くなりそうな旅に向けて英気を養う為、声の主サムサが居るこの場所で眠ることにした。