6、夜の緊急出動
現場は市内にある国立公園。
四季折々の植物が楽しめることで家族連れやカップルがよく訪れる場所として有名な場所である。
時刻は夜9時。三日月と僅かな星がある以外真っ暗な夜空の下、多くの対魔師が一堂に会する。
その中には綾音の見知った顔も。
「ことは、神崎君。」
「綾ちゃん。」
「お前も来たのか。」
「二人はどうしてここに?」
「打越先生に呼ばれたのよ。」
ことはの声に反応したのか、少し離れた所から2mを超す筋肉隆々の50代男性が近づいてくる。
彼が打越源蔵。
綾音達が通う志奉学園の教師でクラスSを所有している対魔師である。
「こんばんわ、打越先生。」
「おお、綾音か。お前さんはどうしてここに?」
綾音はここへ来た経緯を話す。
「そうか・・・。ならちょうどいいな。」
禿げている頭を掻きながら打合せしている寒河江の方へ向かう源蔵。
少し言葉を交わした後、綾音達の方へ戻ってきた。
「綾音。今からはワシ達ともに行動してくれ。」
どうやら寒河江にはその了承を得るための行動だったようだ。
綾音は素直に頷く。
「よし、それじゃあ今回の緊急任務に就いて説明する。どっかの馬鹿がこの公園内にある奈落の穴を誤って開けてしまったらしい。その穴から大量の妖魔が地上へと溢れ出てきた事で今回このような事態となった。」
奈落の穴とは悪魔などが蔓延ると謂われている冥界へと繋がるゲートのことである。
この穴は世界各地に幾つも存在しており、開かないように結界などで固く封じられているのだ。
「今回の目的はその妖魔を討伐することと奈落の穴までの道を確保することだ。今回の任務には多くの対魔師達が参戦している。そこで各所四方に分かれて各自討伐していく。俺達は西側からだ。」
源蔵を先頭に西側の入口へと移動。
公園の方から発する異様な空気に飲み込まれていた。
因みに多くの対魔師がいる中、制服を着ているのは綾音達3人のみ。
「いいか、気を付けろ。相手さんはいつ飛び出してくるか分からないからな。」
大きなリュックを背負い、大型マシンガン2丁を片手ずつ構える源蔵に続きて綾音は夜叉的を抜刀。宗司も槍を手にする。
「よし、先頭はことは。俺がしんがりを務める。ったくこんな時に亮が居ねぇのは辛いな。」
源蔵が名前を口にした人物とは橘亮のこと。
彼もクラスSを所有している槍の使い手である。
「了解です。じゃあ皆行くよ。」
両手に革製のファイティンググローブを嵌めて元気をアピールすることは。
彼女は勘が鋭く、斥候に向いているのだ。
4人一組、間合いを広げ過ぎないよう気を遣いながら奥へと進み始める。
「凄いね、この瘴気。」
「ああ、霊力が少なければ一瞬でお陀仏だな。」
「これが夜で良かったぜ。昼間なら多くの一般人に被害が出ていたらだろうな。」
瘴気、とは妖魔や冥界から発する人体に大きな影響を与える危険な気体である。
抵抗力が少ない人や動物が浴び続けると、発狂や病気にかかり、下手をすれば死に至る事もある。
その瘴気に抵抗する術が霊力である。
霊力は生きる生物全てが生まれながらして持っている力だが、扱えるようになるにはそれなりの訓練が必要となる。
対魔師はこの霊力を自在に扱う事で妖魔達を戦う術を得ている。
綾音が何もない場所から炎を発動させているのも霊力を用いているからである。
そして今、綾音達は霊力を全身に纏わせて瘴気から自分達の身を守り続けているのである。
「っ!」
歩いて数分ぐらい経っただろうか。先頭を歩いていたことはが鼻をひくひく動かして、後続の歩みを制止させる。
「―――いる。構えて。」
武器に手をかけたと同時に木の陰から二足歩行の爬虫類の妖魔が十体程飛び出してきた。
「くそっ、リザードマンか!」
悪態を突きながらマシンガンを撃ち鳴らす源蔵。
この攻撃で2体のリザードマンがダウンする。
「気を付けろよ、綾音にことは。コイツ等は生殖本能が高い。女性一人捕まれば、数十体のリザードマンが生まれるぞ!」
「オーライ!」
源蔵の注意を聞き流すことは。
着地したリザードマンに突撃を試みる。
彼女は素手を戦う。
小柄で身軽な体格を生かし、素早い動きで相手を翻弄し、仕留める戦法を用いる。
「ガ、っガガ!」
軽やかなステップを巧みに使うことは。
その動きに眼が追い付かずリザードマンは思わず足を止める。
そこに目にも止まらぬ速さで拳や蹴りを打ち込むことは。
「これでもくらえ!狼牙連脚!」
ことはの空中連続回し蹴りがリザードマンの顎に炸裂。
絶命するしたのを確認して、次の獲物へと向かう。
「破っ!」
宗司の鋭い掛け声と斬撃がリザードマンに襲う。
槍の柄を巧みに回して相手を退かせ、穂(刀身)を突き刺す。
「ガガガ!」
宗司の突きを躱すリザードマン。だが、穂部分が僅かに掠った瞬間、全身に痺れが襲う。
「貰った!」
その隙を見逃さず、X斬り。
そして背後から忍び寄るもう一体のリザードマンの腹部に石突を突き刺す。
神崎宗司は雷を操る対魔師。槍の穂に雷を纏わせており、触れた相手を痺れさせたのだ。
「ち、らちが明かない。おいことは、こいつら数体、しばらくの間惹き付けていろ!」
「うるさいわね。自分で何とかしなさいよ。」
文句も言いつつも、長身の宗司の頭を飛び越え、2体のリードマンの注意を惹き付けることは。
その間、宗司は槍の穂部分に自分の霊力を貯める。
「ちょっとまだなの!!」
リザードマンの鋼鉄製の鋭利な爪での切り裂きと鞭のように振るう舌を巧みに躱しながら宗司を急かす。
「うるさい!集中している邪魔をするな。」
穂に集まった霊力がバチバチと火花が何度も散る。
「これでもくらえ、必殺!大稲妻落とし!」
霊力を貯め終えた宗司。
槍を大きく振りかぶり、ことはが相手するリザードマンに向けて振り下ろす。
「「ガカアアアア!」」
上空から雷の一撃を受けたリザードマンは真っ黒こげとなり絶命。
「どうだ、見たか俺様の力を。」
「ちょっと!私もろとも狙っていたでしょう!」
抗議することは。
彼女は寸前の所で回避したため、事なき得ていた。
「お前ならあれぐらい余裕でよけれただろうが。」
「それはそうだけど、少しぐらい声をかけてくれてもいいんじゃない!」
「それで敵に察知されたら元も子もないだろうが。」
「おいお前ら!」
言い争いになりかけた時、源蔵が銃声を鳴らしながら2人に怒鳴りつける。
「まだ敵はいるんだぞ。夫婦喧嘩なら他所でやれ!」
「「夫婦喧嘩なんていてません!」」
「(息ぴったしね。)」
苦笑しながら夜叉丸を振り下ろす綾音。
リザードマンを一体斬り倒したと同時にバックステップ。
追い打ちをかけてくるリザードマンの攻撃をとんぼ返りで躱し間合いを取る。
「さぁ、もっと燃え上がりなさい夜叉丸!」
夜叉丸の刀身に霊力を送り、勢いが衰えた炎を再び勢いよく燃え上がらせ、そしてもう一度突撃。
綾音はヒット&アウェイの戦法を用いる。
これは一振りする毎に炎の威力が落ちてしまい、その度に霊力を注いで威力低減を防いでいるのだ。
「相手の増援が来てるぞ。気を抜くなよ、ひよっ子達。」
「「「はい!」」」
源蔵の指示の元、生徒達は次々と溢れ出てくるリザードマンを倒す為、ひたすら動き続けた。
「・・・よし、小休止できるな。」
十数分後、雪崩のように押し寄せてきたリザードマンの群れを倒し終えたことで源蔵がマシンガンを地面に立てて一息。
それに鼓動するようにことはと宗司は腰を地面につけて、大きく息を落とす。
「お疲れ様、ことは。」
「綾ちゃんも一旦はお疲れ様。」
夜叉丸を鞘に直して、「ふう。」と一息。
「オマエ達、休むのはいいが完全に気を抜くなよ。ここはまだ戦場だからな。後武器の様子も見ておけよ。」
弾倉を交換しながら生徒達に注意を呼び掛ける源蔵。
彼は元軍人で、対魔師になる前は数多くの戦場を経験した猛者である。
「さてと・・・・・・。」
生徒達がゆっくり休んでいるのを片目に源蔵は耳に装着している小型インカムを起動して、駐車場にいる拠点から各地の現状を窺う。
「各方面今の所、問題なく進行を続けています。」
琢磨の姉、弾ノ内加奈が戦況を報告。上空に飛んでいる数機のドローンからモニタリングしているのだ。
「そうか。ならばよい。ともかく一刻も早く開いた奈落の穴までの道のりを確保して塞がないと・・・。」
「それなのですが、打越先生。実は奈落の穴は数分前に閉じられまして―――。」
「何だと!?奈落の穴は一度開けば自然に塞ぐことはない。誰がやったのだ?」
「それが不明でして。ドローンのモニタリングを掻い潜り、行われたようで。」
「そうか・・・。(奈落の穴は複数の結界師が数時間かけて塞がないといけないはず。それをこの短時間で行える奴など一人も――――。)」
と、ここでとある人物のことを思い浮かべる源蔵。
「手慣れているからね。」という声といとも簡単に奈落の穴を塞ぐ光景が脳内に蘇り、背筋がブルっと震える。
恐怖と興奮が湧きあがる。
「よしオマエ達、先に進むぞ!」
彼の顔から自然と紅潮した笑みが零れていた。
「どうしたの、打越先生。すっごく嬉しそうなんだけど・・・。」
「さぁ?」
「どうしたのかしら?」
「おいオマエ達、気が緩んでいるぞ。集中しろ。」
源蔵の注意が飛ぶが、素直に頷けない生徒3人組。
何故なら先頭の源蔵が一番気が緩んでいるように見えるからだ。
先程の警戒する足取りは完全に消え、軽快なスキップで奥へ進む引率者に生徒達は唖然騒然。
「あの、打越先生。もう少し警戒した方がいいのでは。」
周囲に警戒しながら助言する宗司。だが、
「大丈夫じゃ。奈落の穴は塞がれたし、これ以上リザードマンは増えることはない。そうだな。後数分で事は終わるだろう。」
「いやそんな楽観的な・・・。」
「ワシ達はこのまま奈落の穴までの道を確保して結界師を案内することに専念すれば――――、と噂をすれば、だ。」
と突然、手で綾音達の歩みを制する源蔵。
マシンガンを構えて草木の茂みから顔の覗かせて―――。
「オマエ達、大丈夫だぞ。」
と了承を得たので、身体を乗り出す。
「なっ!」
宗司が驚くのも無理もない。
何故なら大きくひらけた一面には無数のリザードマンの死体が転がっていたのだ。
その数は眼で数えれない程で足場の踏み場が見つからないぐらい。明らかに先程綾音達が倒した数を遥かに上回っている。
「これは・・・一体?」
「誰が倒したの?」
宗司の隣で驚くことは。
綾音も言葉を失う中、ただ一人源蔵だけは平然とした表情で周囲を調べる。
「うんうん、奈落の穴も上手く塞がれている。とはいえこれは応急処置だな。こりゃあ完全に後始末を任されちまったなぁ~。」
破壊されている祠とヒビが入った空間の一部を見て源蔵が独り言。
そしてことはに結界師をここまで連れてくるように指示をする。
その間、綾音は倒されたリザードマンを観察。
どのリザードマンも全身に無数の穴と短刀で斬られた痕が残されていた。
「(どれも斬り口は一緒。つまり―――。)」
「ここで倒れたリザードマンは全て同じ奴に倒されたのか・・・。」
「みたいね・・・。」
その事実に冷たい汗が一筋流れる。
「こんな大量の妖魔を一人で、しかも誰にも気づかれずに倒す。一体誰が・・・。」
「さぁ、わからないわ。でも一つだけわかることがある。」
それはその人物はかなりの腕利き・・・クラスSほどの実力者であること。
その事実を突きつけられた二人に冷たい風が通り抜けていった。