5、二日目
焔村綾音には7つ年上の姉がいた。その名は焔村風音。妖刀、夜叉丸の前の所持者であり対魔課のエースと呼ばれていた人物である。
綾音が芸能活動を認められていたのは焔村家を継ぐ姉がいたからであり、綾音自身も優秀で尊敬する姉が家を継ぐべきだと考えていた。
しかし4年前、風音は反社会的組織『新世界』との闘争が激化する最中、何者かに殺されてしまう。
冷たくなった風音の死体と対面した綾音は同僚で現在志奉学園教員の橘亮や打越源蔵に姉を殺した犯人を教えてもらおうとした。
だが、風音の殺害事件は極秘事項として扱われ、何も教えてくれなかった。
その日から綾音は決意する。
自ら対魔師となりクラスA以上を取得し、姉の殺害事件を捜査して犯人を探し出して自らの手で裁くことを。
その想いを糧に厳しい鍛錬に耐え続けた結果、周囲から夜叉丸の所有者として認められ、そして志奉学園に合格。今に至るのである。
インターン2日目。
会社の入り口で業者から荷物の受け取る寒河江に挨拶。
「おはようございます。あの、その荷物運ぶの手伝いましょうか?」
「あはよう。お願いできるかい。」
寒河江と玄関前に置かれた大量の段ボールを地下1階の倉庫へと運ぶ。
「寒河江さん、この段ボールはどこに?」
「品名と棚のラベルを合わせてくれたらいいよ。」
「えっと、妖魔捕縛用鎖は・・・・・・、ここね。」
段ボールに記された品名と棚に貼られているラベル名が一致する棚へしまう。
「はい、これも妖魔捕縛用鎖の箱。」
「ありがとう・・・って!」
いつの間にか、西社が背後に立っていたので驚く。
「い、いたのか、西社君。」
「ええいましたよ。彼女が荷物を運びましょうか?って話していた時には。」
「そ、そうか・・・。ともかく早くこれを全部片づけよう。西社君も今日は頑張ってもらうぞ。」
寒河江も西社の存在に気付いていなかったようだ。
「さぁ、今日はぬっぺふほふ。あそこにいる妖魔だ。」
本日最初の現場は大手企業の地下駐車場。
普段はいくつもの乗用車が置かれているが今は全て避難されており閑散。
そんな中ある一角には大きな肉塊が4つ、結界の中に閉じ込められている。
「見た目からわかるように奴らは重量級。しかし機敏な動きを見せる。油断しないように。」
「今日は西社君にも戦ってもらうからな。」
「・・・・・・わかりました。」
欠伸を噛み締めながら、刃渡り30㎝ほどの風魔クナイを手に携える西社。
彼からやる気が全く見えず、若干の不安を抱える多賀。
「では、行動開始。」
寒河江の合図で結界が解かれ、ぬっぺふほふが四方に飛び出す。
闘うのではなく、逃げるを選択したようだ。
各自先回りして行く手を阻む。
綾音が対峙したのは右側へ逃亡を図ったピンク色のぬっぺふほふ。
目や鼻、口はないが顔面から怒りの表情が見受けられる。
「逃がさないわよ。力を貸しなさい、夜叉丸。」
左腰に携えた鞘から夜叉丸を抜刀。
激しく燃える炎を刀身に宿して、ぬっぺふほふに切りかかる。
「っ。」
ぬっぺふほふを真っ二つにするつもりだった。が、分厚い肉厚に刃は途中で止まる。しかも、斬りつけた場所に肉が寄り集まって再生し始めたのだ。
慌てて夜叉丸を引き抜く綾音。
あと少し判断が遅れれば夜叉丸諸共ぬっぺふほふの身体に飲み込まれていただろう。
「気を付けろ綾音君。ぬっぺふほふに飲み込まれると助からないぞ。」
大型チェーンソーを手にした多賀からのアドバイス。
彼は既に倒しており、彼の身体や周囲にはぬっぺふほふの肉片が散らばっていた。
「わかっています。大丈夫です。」
こちらへ向かってくる多賀を声で制止。気合を入れ直し、先程よりも熱量が多い炎を刀身に纏わせる。
高熱の炎でぬっぺふほふの肉を焼き斬る魂胆だ。
夜叉丸の刀身を渦巻く炎が唸りを上げる。
「~~~。」
その炎の威力に恐れをなしたのか、ぬっぺふほふは綾音から背を向けて逃げだそうとする。
「逃がさない!」
駆け出し地面を蹴って宙から縦一文字斬り。
焼き斬られたぬっぺふほふは絶鳴を残して事切れるのであった。
「お見事!加勢の必要はなかったね。」
多賀が倒したぬっぺふほふの生死を確認。
「成程、炎で斬った箇所を火傷させて再生を防いだか。いい判断だ。」
「ありがとうございます。」
「噂通り、かなりの炎の使い手だね。それに比べて・・・。」
手の甲で汗を拭いながら多賀の視線を追うと、
「何をしている、西社!」
寒河江の怒号が駐車場内に響き渡る。
西社はぬっぺふほふにかなり苦戦している模様。
「水破針!」
水で形成した無数の針をぬっぺふほふの足元に撃ちだす西社。
相手の動きを牽制しているだけで攻撃を仕掛けていない。
「落ち着け・・・。落ち着くんだ。」
その言葉を繰り返すのみ。
「駄目ね。完全に相手に飲み込まれてるわ。」
寒河江と多賀も同様に感じたようだ。
西社の有無を確認することなく、ぬっぺふほふに攻撃を仕掛ける二人。
「~~~~。」
寒河江と多賀の息が合った連携。
寒河江のマグナム銃から放たれた銃弾がぬっぺふほふの体内で爆発。怯んだ隙を狙い、多賀が背後からチェーンソーで切り刻む。
あっという間にぬっぺふほふを倒した。
「何をしている!時間をかけ過ぎだ。そんなことをしていたら被害が出るだろう。」
厳しい口調で西社を叱る寒河江。
彼はどうやら仕事が出来ない人間にはとても厳しい人のようだ。
今の戦いでの注意点を事細かに指摘する寒河江。
それを黙って聞く西社。
しかしその態度に忠実さは感じられない。
「先輩、それぐらいにして。次が閊えていますから。」
「そうだな。」
多賀の助言で小言を中断した寒河江。
次の現場へ向かう為各自行動を移す中、ただ一人――西社は佇むのみ。
「何をしているの、早く行くわよ!」
綾音の呼びかけにようやく動き出す西社。
「何をしてるのよ。」
「供養の祈りをしていただけさ。」
「そんなの、後から来る浄化隊に任せればいいでしょう!」
のろまね、と言葉を投げつけると眠たそうにしていた西社の眼つきが一瞬で鋭くなる。
「な、何よ・・・。」
「別に・・・。所詮お前はその程度の人間なんだな。」
「な、何ですって!」
「どうした二人とも!早く乗り込め!」
寒河江の大声に湧き出した怒りは一瞬で収める。
「(何よ、あの言い方。見てなさい!)」
その後、綾音は憤りを力に次々と妖魔を倒していった。
その活躍は社員二人を唸らせるほど。
現場を終える度に彼女への評価はうなぎ登り。
一方の西社は散々の結果。
一体も倒すことなくその日を終える。元々からやる気が見られない事も原因かもしれないが、事ある毎に寒河江から怒号を浴びる羽目に。
最初はフォローに回っていた多賀も中盤では匙を投げる始末。
何でこんな奴をインターンに向かえたのだ、と愚痴まで聞こえる有様であった。
そんな感じで2日目の過程を終え、会社へと戻ってきた一同。
「お疲れ様、綾音君。寒河江と多賀から聞いたよ。大活躍だったそうだね。」
「お疲れ様です。氏卜部社長。いえいえ、そんな。先輩方のおかげです。」
「謙遜することないよ。クラスAの二人が大絶賛。今すぐでもうちの会社に正社員として採用したいほどだ。」
とここで口元に手を添えてひそひそ話。
「まだ早いかもしれないが、寒河江と多賀、そしてクラスSの私から推薦状を用意しておくよ。」
「本当ですか!?」
「ああ、君ほどの実力者ならクラスAは問題ないよ。」
対魔師の昇級試験には書類審査と実技審査の2つの項目がある。
書類審査ではクラスAとクラスSが3名ずつ選出され厳選な審査の元、合否が決められる。その時に判断材料となるのが推薦状である。
推薦状は昇級試験の時に加算される書類である。
推薦状は上のクラスの対魔師から頂けるほど加算される。
つまりクラスSの氏卜部社長から推薦状を頂ける、と言う事は大きなアドバンテージになるのだ。だが、反対にクラスSから不採用の印を一つでも押されると一発アウトである。
「ありがとうございます。」
「いいさ。君みたいな若くて実力ある子はドンドン採用していかないと。今の対魔師界は人手不足だからね。」
「その話はよく聞きます。」
「ああ、数十年前までは豊富だったのだが新世界との紛争のせいでね。新世界は4年前に壊滅したが、優秀な人達が多く犠牲となったからね。」
しみじみ呟く氏卜部。彼自身も紛争に巻き込まれたそうで、命からがら生き延びたそうだ。
「対魔師界の重鎮達は腰が重い。優秀な人材をもっと雇用してクラスを上げるべきなのだがね。・・・とこんな話、綾音君に聞かせる内容ではないね。とにかくお疲れ様。推薦状はインターン最終日に渡すから。だから明日からも頑張ってね。」
「はい。」
氏卜部にお礼を述べ、浴室へと向かう。
「(やった!!)」
誰もいない寒暖の踊り場でガッツポーズをした時だった。
「何だって!!」
突然、氏卜部の驚く声が地下1階に響き渡る。
「どうしたのですか、社長。」
「今、斥候隊から連絡があってな。下見現場近くの公園で突如、妖魔が大量発生したそうだ。」
氏卜部の緊張感が社員全員に伝わる。
「すまないが、ここにいる全員、緊急出動してくれ。現場は対魔課の指示に従ってくれ。」
「「「了解。」」」
返事と同時に各社員が急いで用意を始める。
「氏卜部社長。私も手伝います。」
「綾音君、体力の方は大丈夫かい?」
大丈夫です!と力強く答える。
「わかった。じゃあ手伝ってくれ。但し危険だと判断した場合は速やかに避難することを約束してくれ。」
「わかりました。」
素直に頷き、準備を手伝って寒河江と同じハイエースへと乗り込んだ時、あることに気付く。
「あれ、西社君は?」
「彼なら帰ったよ。自分には関係ないってね。まぁ、いても足手纏いになるだけだけどな。」
「(何なのアイツ。対魔師としての自覚がなさすぎるわ。)」
憤りを胸にしまいながら、車は現場へと走り出した。