3、初出勤
綾音が履歴書を送ったのは民間会社【ウジトベ・スイーパー・カンパニー】。
3年前に設立されたばかりだが業績が右肩上がり。今、対魔業界内ではかなり注目されている会社である。
書類審査と面接を経て、送られてきた返答は合格。
綾音は無事、インターン研修を受ける事が可能となったのだ。
「おはようございます。」
インターン初日。
オフィス街の一等地に建つ4階建てのビル前に立つ恰幅の良い中年男性に挨拶。
彼がウジトベ・スイーパー・カンパニーの社長、氏卜部。
虫を殺さぬような笑顔を振りまいているが、こう見えてクラスS。日本で100人程度しかいない最高ランクの対魔師である。
「今日から2週間お世話になります焔村綾音です。よろしくお願いします。」
初対面である氏卜部に芸能界で培った礼儀を見せる綾音。
「ああ。よろしく。」
一方の氏卜部はそわそわ。どうも落ち着きがない。
なぜだろう?と心の中で首を傾げると、意を決した氏卜部は冊子とマジックペンと差し出してこう言った。
「焔村綾音さん。サインください!」
目を丸くして立ち尽くす綾音。
「実は祈禱戦隊トリセンジャーの白桃立夏ちゃんのファンでね。毎週欠かさず見ていたのだ。」
祈禱戦隊トリセンジャーとは6年程前にTV放送されていた戦隊シリーズで、焔村綾音のデビュー作である。
世界征服を企むノットリ団を倒す為に集められた五人の若者が過去の偉人達の魂を自身に祈禱して戦う物語で当時の視聴率も高く数々の記録を打ち立てた番組。
放送終了後の今でも人気があり再放送は勿論m以降の戦隊シリーズにもゲスト出演やスピンオフ作品も作成された。
綾音は白桃立夏/トリセンピンクで出演。当時10歳ながらアクションを全て自分で演じた事で一時期話題となった。
綾音は笑顔(心の中では苦笑)で差し出された冊子とペンを受け取り手慣れた手つきでサイン。
冊子は半年前に作成された志奉学園のパンフレットでそこには綾音の制服姿や体操着姿が数ページ大きく掲載されている。
これは志奉学園側の狙いで知名度がある綾音を利用し入学希望者数の増加を目論んでの事。
綾音もそれを承知で引き受けていた。
「ありがとう。これで友人に自慢できるよ。あ、今回の採用はちゃんと君の実力を見込んでだから心配しないでね。」
気さくに話しかけてくる氏卜部に悪い印象は全く感じられない。
「それにしてもこうやって本物の白桃立夏に会えるとは・・・。TVで見た時より随分と大人っぽく綺麗になったね・・・。ってこれはセクハラになるかな?」
「いいえ、私は気にしないので大丈夫ですよ。」
子役当時から比べると綾音の身体は子供から大人へと大分成長している。
これは対魔師の訓練と平行して容姿について追及した結果である。
煌めく赤いロングヘアにCカップへと成長したバストとモデル体型の引き締まったくびれは男性のみならず女性でも二度見する程。
綾音がここまで自分の容姿を追及しているのには理由がある。
それは自分を売り込むため。
自分の存在を一早く知ってもらう為に自らの美貌を最大限に利用しているのだ。
それぐらい彼女には一刻も早くクラスA以上になりたい理由が存在するのだ。
「でも、あまりじろじろ見られるのはあまり好きではありませんね。」
芸能界で培った猫被りで相手との距離感を上手く使う綾音。
「そうか、気をつけるようにするよ。さて早速、案内したいのだが・・・。」
「どうかしたのですか?」
「実はね、今回のインターンには君ともう一人採用していてね。まだ来ないな・・・。」
腕時計で時間を確認しながら周囲を見渡していた時、二人の背後から、「おはようございます。」と眠たそうな一言が。
「おお、来たか。待っていたよ。綾音君、彼が今さっき話していた西社君だ。」
氏卜部から紹介された西社と呼ばれた男子は綾音より一つ年上。
別の対魔師育成学校に通っておりランクは綾音と同じクラスB、だと説明を受ける。
「(その割にはやる気が見られないわね。)」
そう思うのは無理もない。
西社からやる気があまり感じられないのだ。
睡眠不足なのか、薄黒い前髪に潜む瞼は閉じる寸前のぎりぎりを保ち、頭部はふらふらと左右に揺れている。
身なりも制服の綾音と違い、私服。
丈の短いマントと黒一色に統一された忍びを連想させる装束は所々に綻びや汚れが。
「そして西社君。彼女は焔村綾音君。志奉学園の1年生だ。」
「ッ!・・・・・・・、よろしく。」
名前を聞いた西社の瞼が大きく見開き琥珀色の瞳が姿を現す。が、それの一瞬のことだったのでその場にいる2人はそのことに気付かなかった。
「さて、揃ったことだし案内をしよう。」
氏卜部を先頭に建物の中へ。
このビルは全てウジトベ・スイーパー・カンパニーの所有物。
地下1階は駐車場と倉庫、1階と2階はトレーニングルーム。
3階が事務所と会議室などの部屋があり、4階は仮眠室や食堂があると説明してもらった。
「後地下2階があるのだが、そこは社員証がないとは入れないようになっている。今回君達の社員証は発行できないから地下2階のことは気にしなくていいよ。」
エレベーターで3階まで上がり、会議室へ招かれた綾音と西社。
席に座ると一枚の契約書が目の前に置かれる。
「面接の時に聞いたと思うけど、改めて説明する。対魔師は危険な仕事だ。大怪我、運が悪ければ死に至る事もある。その事は対魔師育成学校に通っている君達なら重々承知のはず。」
氏卜部の言葉に深く頷く綾音と西社。
契約書には仕事時による怪我の保証と死亡の際、会社側には一切の比がない事が記されていた。
「後、綾音君にはこれを。」
氏卜部がもう一枚、違う契約書を渡す。
そこには妖魔の苗床に関して記されていた。
妖魔の中には人間の女性を捕らえて子を孕ませる習性を持つモノも存在する。
その書類には苗床になってしまった際の治療や保証について記されていた。
「綾音君の実力ならば妖魔に捕まって苗床にされることはないと思うけど、一応決まりだから。」
「ええ、それは承知の上です。」
ささっ、二つの契約書にサインする真横で意味深な視線を投げつける西社。
「じゃあ、うちの会社について説明するよ。」
署名した契約書の最終確認し終えた氏卜部が自社について説明を始める。
「うちの会社は斥候隊、撃滅隊、浄化隊の3つの部隊がある。各部署が各々の役割のみ順次するこのシステムのおかげわが社は業績を大きく伸ばすことが出来たのだ。」
対魔関連の民間会社は数多くない。
それは数年前まで妖魔の存在が秘匿されていたからである。
妖魔の事を存していたのは今まで国の要人や大企業家など限られておりその仕事も対魔課が概ね請け負っていた。
対魔師資格は特別国家公務員に該当するが、就職先は対魔課しかなく入社できなかった者はフリーで働くしかなかった。
しかしそれでは収入は安定しない為に兼業(骨董屋や掃除屋など)で生計と立てていた。
だが妖魔の存在が公表されて以降、会社を企業した対魔師は多くなる。
その中でウジトベ・スイーパー・カンパニーが大きく躍進できたのは作業の効率化。
従来の方法は現場での調査・対策、そして後始末の全てを同じ人が担ってきた。
その為、1日で行える依頼の数が少なく手が回らない状況に陥っていた。
しかしウジトベ・スイーパー・カンパニーに3つの部隊を編成。
斥候隊が現場の調査を行い、撃滅隊が妖魔の退治、浄化隊が退治の後始末と役割分担を設定。これにより1日にこなせる依頼量が大幅に増え、これにより業績をupさせたのである。
「二人には面接時に話した通り撃滅隊に加わってもらう。」
氏卜部の合図で奥の部屋から二人の男性が現れる。
二人とも面接時に見かけた人達。
「寒河江と多賀だ。二人ともクラスAで君達の教育係だ。わからない事があれば彼等に聞きなさい。」
「よろしくな、二人とも。」
と声をかける多賀は黄土色の髪をカチューシャでオールバックにしている今どきの若者風。気さくでとても話しやすさを感じる。
無言で会釈する寒河江は灰色の短髪で頬がややコケている寡黙で仕事人という印象を受ける男性だ。
お互いに挨拶をして早速仕事へ。
8人乗りの紺色のハイエースに乗りこんで出発。
「今日は6カ所現場に行く予定だ。」
助手席に座る多賀から今向かっている現場の資料を受け取る。
「現場は工場地帯。妖魔は小豆洗いが4体ほど・・・。」
多賀からの説明を聞きながら資料を流し見。
「(それほど手ごわい相手ではないわね。)」
油断ではないが、気を張り詰めるほどではないと解釈する横で資料を熟読する西社。
その真剣な眼差しは不安を隠しているように見えた。
「(多分、現場自体が初めてなのね。)」
「大丈夫よ。諸先輩方もいるし。私もそれなりに経験があるから安心して。」
緊張をほぐす意味合いで駆けた気遣いに対しての返答は、
「ああ、お手並み拝見するよ。」
「(何よ、折角優しく声をかけてあげたのに。)」
上から目線の言葉にムッとしたが、表情には出さなかった。