24、綾音の決意(2)
「焔村綾音!気をしっかり持て!何故お前は対魔師になろうとしたのだ!」
「それは姉の復讐をする為だ!その為に力を欲して対魔師になろうとした。そうだろ綾音!」
「その・・・通りよ・・・。」
無意識に言葉が零れる。
何も考えることなく、このまま三司の言葉に全てを委ねようとした時だった。
夢為人の声が心を震わせる。
「違うだろう!思い出せ焔村綾音!姉に!風音に語ったあの時の事を!」
(あの時の事・・・?
それは幼い時の記憶。
風音が対魔課に所属して間のない頃。仕事を終えて帰宅してきた彼女が毎日のように傷を負っていた。
「どうしてそこまでするの?家の為?」
「確かに私は焔村家長女で次期当主筆頭。でもそれが理由で対魔師になった訳じゃないわ。」
擦り傷に薬を塗りながら妹の疑問に答える。
「私はね、この混沌とした時代を変えたいの。新世界のせいで今、人と妖魔の関係は大きく悪化しているこの状況を打破したい。その為に対魔師になったの。」
「自分の夢を犠牲にして?」
「犠牲になったつもりはないわ。今私ができる事をしているだけよ。」
微笑みながら綾音の頭を優しく撫でる。
「いい綾音、対魔師は妖魔を退治するだけではないの。人と妖魔が共に生きていける世界を作る為に対魔師がいるの。妖魔を退治するのではなく、妖魔と対話する者、それが対魔師の由縁。子供の綾音にはちょっと難しいかな。」
そう言って微笑む風音がとても美しく格好良くて。
至る所にある擦り傷が勲章のように輝く自慢の姉に惚れ直した綾音。
「お姉ちゃん、私もなる!お姉ちゃんみたいな対魔師になる。」
突然の告白に驚きの表情を見せる風音。だがそれも一瞬ですぐに優しい笑みを見せてこう続けた。
「じゃあ、約束して。どんな事があっても怒りや憎しみに囚われない事。何があっても他人を守る強さと優しさを兼ね備えた人になると。その気持ちを絶対に忘れないで。」
「忘れなければお姉ちゃんみたいな対魔師になれるの?」
「ええ、なれるわ。」
(そうだ思い出した。私はお姉ちゃんに憧れて対魔師になりたい、て思ったんだ。それなのに今の私は・・・。)
姉の死という憎しみに囚われ、復讐の事ばかり。
ただ妖魔を討伐する事ばかり考えて。
「お姉ちゃん、私は・・・。」
後悔の自念が心を圧し潰してきた時だった。
――綾音、大丈夫だよ――
耳元に囁く風音の声。
――私は信じているよ。綾音が立派な対魔師になれる事を――
風音の優しくて力強い笑顔。
それは大きな光となり、綾音優しく包み込んで・・・。
「な、なんだ?何が起きている?」
三司は全く理解できていなかった。
復讐の闇に呑み込まれて自分の意のままになるはずの綾音から神々しく輝く炎が顕れ、抵抗し始めたのだ。
「私は負けない!」
輝きを取り戻した紅玉の瞳が三司を睨みつける。
「何故だ、先程まで我が闇に染められていたはずなのにどうして?」
驚き戸惑いつつも綾音が放つ炎を我が闇で抑え込み、再び操り人形化させようとする三司。
(くっ、駄目。霊力が足りない。)
押し寄せる闇に浄化の炎が抵抗を見せるが、すでに増大に膨れ上がった闇の勢いは凄まじく、徐々に押し戻される。
(このままじゃあまたーーー。でも、負けない!負けてなるものか!私は、私はお姉ちゃんみたいにみんなを守れる人になるんだ!)
『へぇ~、半人前ながらもいい顔付きになったじゃん。』
「え?」
『いいわよ、今のアンタなら手を貸してあげる。さぁ、アタチを手にしなさい。』
腰に携えていた夜叉丸を抜く。
「ッ!いくわよ、夜叉丸!」
「アイヨ!!」
浄化の炎は夜叉丸を介した事で激しく燃え広がり瞬く間に闇を蹴散らし、三日月の鎌へと辿り着く。
「ギャアアアアアア!!!!!!ち、力が燃え消えていく。こ、このままでは―――。」
自分自身が破壊される事を危惧した三司。
カミキリを盾にして逃亡を図る。
「待ちなさい!くっ、もうあんなにも遠くに。」
上空へと逃げる三日月の鎌。
完全に取り逃したと悔しさを全面に出した時、
『逃がしゃしないよ!!夢為人!!』
「人使いが粗いね。相変わらず。」
『アンタに言われたかないよ!』
クナイを四本組み合わせて巨大な十字手裏剣へと変貌させる夢為人。
「いくぞ風魔手裏剣!」
身体を大きく捻り、円盤投げの要領で十字手裏剣を投げる夢為人。
勢いよく飛ぶ手裏剣。
しかし、徐々に勢いは落ち、三日月の鎌まで数メートル届かない。
「フフッ、やはりお前は不出来者。ワレには遠く及ばん。」
「いや、これでいいのさ。」
「何だと?」
勝ち誇っていた三司の顔が一変。何故なら、限界値まで飛んだ手裏剣を足場にして、夜叉丸を振りかぶった綾音が迫ってきたのだ。
『これで終いよ!』
「燃え消えなさい三日月の鎌!」
煌めく黄金の炎を纏った夜叉丸が三日月の鎌を一刀両断。
三日月の鎌は断末魔を残して、真っ二つとなり墜落。地上に落ちる頃には三司の意識は完全に焼失した。
「やった!」
空中でガッツポーズした時、跳躍力が重力に負け始める。
「ねえ夜叉丸。これ、どうやって降りるの?」
『さあ、アタチは知らないわよ。』
「えっ!?」
と同時に落下。
「きゃああああああああ~~~~~。」
「全く、相変わらず無茶をさせるな。夜叉丸は・・・。」
ぽすっ。
空中でキャッチする夢為人。いつぞやのお姫様抱っこ再来である。
『ナイスキャッチ。アンタならやってくれる、って信じていたわ。』
「ちょっと夢為人、空を飛べたの?」
「いいや、ただゆっくりと落ちているだけさ。」
その言葉通り、ふわりふわりと降下。風の霊力で落下速度を抑えているのだ。
「よくやったな綾音。」
『やればできるじゃない。』
一人と愛刀に褒められて満更でもない綾音。
「ミカミさん、ミカミさん!」
地面へ着地すると梨沙が倒れているカミキリに駆け寄る姿を目撃する。
「しっかりしてください、ミカミさん。」
カミキリは三日月の鎌に取り憑かれた影響で体力と霊力を消耗していた。
「リ、リサ・・・、ヨカッタ・・・無事で。」
「ミカミさん。」
安堵から涙を浮かべる梨沙。
(えっ、もしかしてあの二人って・・・!)
手を重ね見つめ合う梨沙とカミキリはとても良い雰囲気。
しかしそれを遠慮なく壊す者が。夢為人である。
「カミキリ、覚悟はできているな。」
クナイの刃先をカミキリに突きつける夢為人。
その眼は先程までの優しさは全くなく、冷酷な視線を投げつける。
「ちょっと待ってください。この人は私を助けようとしていたの。何も悪い事はしていません。」
「そのモノは罪を犯した。無断で棲家を出た、という大罪をね。」
「棲家を出ただけで大罪って!そんなの酷すぎます。」
「残念だけど、そういう制約なのさ。」
「理不尽です!」
「いいんだリサ。」
抗う梨沙を手で制するカミキリ。
「棲家を出た時カラ覚悟していた。それでも助けたかった。カノジョを。」
「三日月の鎌を持ち出したのも彼女の為だと言うのか?」
「その通りダ。あの鎌ガ言った。呪いを切り取り、カノジョを助けれるト。ワタシはソレを鵜呑みにして・・・。」
「話はわかった。」
「やめて下さい。綾音ちゃんお願い、ミカミさんを―――。」
「ごめんなさい。私には何も権限が。」
「そんな・・・。」
膝から崩れ落ちる梨沙。
夢為人はその横を通り過ぎ、眼をつぶり裁きを受け入れるカミキリの腕を掴み、連行する。
それを目の当たりにした梨沙は涙を流しながら彼の名を叫んだ。
「ミカミさ〜〜〜〜ん!!」




