19、妖魔のストーカー
(今思い出しても苦々しくな。)
人差し指でハンドルをトントン叩く音は苛立ちを表す。
源蔵達三人はストーカーのカミキリを捕獲するため、梨沙を尾行中。
かれこれ2日経ったが異常なし。
源蔵の助手席には写真をずっと見て考えている夢為人。
座席を少し倒しているのは先程の移動で少し酔った為。
そして夢為人に煽られ(本人は叱咤激励したつもり)、やる気を取り戻した綾音が後部座席から身を乗り出して、周囲に監視の目を向けて続けていた。
「あ、もしかして!」
無言の車内に突然、夢為人が身を乗り出したかと思えば、カメラと写真を持って外へ。
「おい夢為人、どこに行く気だ?」
「ちょっと調べたい事があるから。こっちは任せる。」
返事を待たずにそそくさと立ち去る夢為人。
「何なのアイツ。」
「夢為人は今まで一人でやってきたからな。独断的な行動を取るのは仕方がない。」
やれやれ、首を横に振る源蔵。
「だからって勝手に持ち場を離れるなんて。」
「自分が離れても大丈夫、と判断したのさ。良かったな綾音。夢為人はお前さんの事を戦力として見ているぞ。」
「そうなのですか?」
「ああ、もしそうならばここから立ち去ってはおらんさ。なんだかんだ言いながらお前さんには期待しておるのさ。」
「アイツ――彼の言動からはそんな風には見えませんが。」
「夢為人は口下手というか、どう接すればいいか分からないのだろうな。特に同年代に対しては。だがこれだけは言える。夢為人はお前さんの事を親身に考えている。だからこそ、厳しく問い詰めたのさ。対魔師の在り方について。」
「それはまるで私は対魔師としての心持ちがなっていない、という事ですか?」
「まぁ、そうだな。」
視線を左右に揺らした後、自信をもって頷く。
「お前さんが復讐に現を抜かしている内は上には昇れんし、対魔課には入れんよ。」
「・・・・・・、どうして。どうしてですか?何で皆そんなに冷たいの?」
4年前の、風音の葬式を思い出す。
多くの参拝者が訪れ、お悔やみの言葉とお焼香を頂いた。だが、涙を流すも「風音が死んだのは仕方ない。」、「これも運命だ。」と冷淡な態度で帰っていく。
そしてそれは両親も同じ。「よく頑張った。」と労いの言葉を風音に送る後、涙は収まっていた。
「お姉ちゃんはあんなにも対魔師として頑張っていたのに。なのに何でみんな、そんなにあっさりと諦めれるのですか!殺されたのですよ!悲しくないのですか!悔しくないのですか!」
「悔しいに決まっているだろうが!!」
源蔵が心の奥底に仕舞い続けていた感情は大声で吐き出す。
「ワシより若い奴が死んだ!傭兵上がりの戦う事しか能がないワシが生き残り、風音や一騎みたいな将来有望の若い奴が死んだんだ!変われるものなら変わってやりたいに決まっているだろうが!」
車内に残る余韻。
それが完全に消えた時、感情を落ち着かせた源蔵が静かに、そして優しく言葉を続ける。
「綾音、いいか?対魔師はな、過酷で泥臭くて、そして危険な仕事だ。死と隣り合わせ。最近の若い奴は国家資格だからと気軽に受けに来るが、そんなに生易しいものじゃない。代々対魔師の家系に生まれたお前なら対魔師という生業がどういう事かわかっているはずだ。」
源蔵の迫力に負けて黙って頷く。
「風音も勿論それを承知で対魔師に――対魔課に就職した。当時は『新世界』のテロ攻撃が過激になっていた。時代が悪かった、という言葉で済ませたくないがひどい時代だった。そして彼女達の犠牲により『新世界』は壊滅し、平和が訪れた。風音達のおかげでワシ達は今、平和な世界で生きているのだ。生き残ったワシ達はこの平和となった世界を守り続ける事、前を向いて歩き続ける事。それが死んでいった仲間達への手向けだと思っている。」
ここで源蔵はバックミラー越しではなく、後ろを振り返って直接目を見る。
「綾音、オマエもいい加減、前に進むべきだ。復讐に気を取られ立ち止まるのではなく。風音を失った悲しみを忘れろ、とは言わない。その悲しみを乗り越え、前に歩くべきだ。夢為人みたいにな。」
「夢為人みたいに?」
「ああそうだ。夢為人は風音と一騎の死で憔悴していた。何せ目の前で殺されたからな。アイツは今も自分を責めているだろうよ。自分のせいで姉、兄と慕っていた二人が死んだと。怒り狂っただろう。悔しかっただろうな・・・。だけどな、アイツはその苦しさを乗り越えて今、前を向いて歩いている。自分のやるべきことを見つけている。だからこそ対魔師を続けているのさアイツは。辛くて苦しい思い出しかない対魔師をな。アイツが笑顔を見せないのはそのせいだ。」
源蔵が今話した内容は初耳で驚く事ばかり。
「(夢為人の前でお姉ちゃんが殺された?夢為人のせいでお姉ちゃんが死んだ?それって―――。)」
「こら!」
手加減されたデコピンを額に受け、我に返る。
「余計な事を考えるな。さっき言っただろうが、復讐なんぞに気を取られるな、と。」
「でも―――。」
「綾音、考えろ。オマエは何の為に対魔師になろうとしているのだ?何故クラスSを目指す?何故対魔課に入りたい?その根本をもう一度見つめ直せ。でないと早死にするぞ。」
「私はお姉ちゃんの復讐のため―――。」
「本当にそうなのか?」
源蔵の念押しに次の言葉が止まる。
「思い出せ綾音、オマエは最初、そんな風に思っていないはずだ。」
源蔵の強い眼力。
彼の瞳に映し出された自分に自問自答している感覚に陥る。
夜叉丸と同じ問いかけにまたしても答えることが出来ず、眼を背けたその時、
「うわああああああ~~~!」
男性の悲鳴が響き渡った。