17、清河梨沙
対魔師の最高位クラスSには大きな義務がある。
それは人材育成。
若き対魔師見習いを育て一人前の対魔師へと導く事。これは万年人手不足を解消する為、クラスSの対魔師が指導する事で対魔師の離職率を減らす目論見である。
この事を持ち出され、断りきれなかった夢為人。
結局、綾音と共に源蔵の自家用車で目的地へと向かう事に。
「何だ、綾音に自分の事を話さなかったのか。」
「話す必要を感じなかっただけさ。それよりも話しかけないでくれる、源さん。」
「相変わらず乗り物に弱いなあ、夢為人は。」
自慢の愛車を運転する源蔵の高笑いが車内に響く。
「静かにしてよ、胸に響く。」
助手席でグロッキー状態の西社夢為人。
気分が悪くなってきたので窓を開けて外の空気を吸う。
「しかし懐かしいな。4年ぶりか。こうやってお前を乗せて車を走らせるのは。あの時は後ろに風音や一騎を乗せて色んな場所に出向いたな。」
バックミラーに映る綾音を風音に重ね見る。
「あの時に戻ったみたいだ。」
「もう戻りたくないよ。あんな時代、あんな事は二度とごめんだ。」
「辛いしんどい時代だったな・・・。いい奴も嫌な奴もそして、ワシよりも若い奴もたくさん死んだ。」
この会話を最後に黙り込む二人。
それを後部座席にじっと座る綾音。
姉の事など色々聞きたい事があるのだが会話に加わる事自体が不可能の状態。
置物のように大人しくする他なかった。
源蔵が運転する車は目的地である都内のスタジオに到着。
ここへきた理由は一つ。清河梨沙に会う為である。
「さてと、到着だ。おい、大丈夫か?」
「問題ない。少し休めば大丈夫。」
車から降りた途端、しゃがみ込む夢為人。
そんな情けない姿を見て本当にクラスSの対魔師なのか?と疑いたくなる気持ちが押し寄せる。
「もう大丈夫だ。行こう。」
源蔵に背中をさすってもらった事で持ち直した夢為人。
「さて綾音よ、ここからの案内は任せるぞ。」
「わかりました。」
素直に頷く。
このスタジオは子役時代に幾度も訪れた場所。
まず周囲を見渡し知り合いを探す。
(あ、あの人。)
ケーブルを肩に担ぐ男性を発見。
その男性はトリセンジャーの撮影時、お世話になった技術スタッフである。
「こんにちは。」
「おや、綾音ちゃん!久しぶりだね。元気にしてた?」
「はい。」
他愛のない世間話で和ませて本題へ。
「あの、梨沙姉さんはどこにいるかわかりますか?」
「梨沙ちゃんなら第6スタジオで撮影中だよ。案内しようか?」
「よろしくお願いします。」
技術スタッフの後に続き、第6スタジオへ。
「今撮影中だから静かにね。」
わかりました、と頷き忍び足で中へ。
「さよなら、雅子さん。」
「行かないで。三上さん!!!」
「カット!!」
その瞬間、張り詰めていた空気は途切れ、演者とスタッフから緊張の糸が緩む。
「梨沙ちゃん、今のシーンだけどさ、もうちょっといい感じにできないかな?」
監督が話しかけているのは最後のセリフを叫んでいた20代前半の女性。
肩元で揃えた髪にはっきりとした顔立ち。演技の為に流した涙をハンカチで拭っている途中であった。
「いい感じ、ですか?」
「そう!もっとこうインパクトがあって、ガッと熱いものがほしいだよね。」
具体的な事は言わない監督に要領を掴み損ねる梨沙。
見兼ねた助監督が全体に休憩を言い渡しこの場を納めた。
「ごめんね梨沙ちゃん、監督はいつもあんな感じで抽象的なことしか言わないから。」
「大丈夫です助監督さん。これも勉強ですから。」
「梨沙ちゃん、お客様だよ。」
技術スタッフが入口付近にいる綾音を指差す。
「え、嘘!綾音ちゃん?」
「久しぶりです、梨沙姉さん。」
久しぶりの再会を分かち合う二人。
抱き合うその様子から仲の良さが十分に伝わる。
「どうしたの、いきなり。」
「ちょっと梨沙姉さんにお話があって。今時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ちょうど休憩で私の出番の少し先だから。」
梨沙の了承が出たので、スタジオの外で待つ夢為人達の元へ連れ出す。
「はじめまして、私は対魔師の打越源蔵です。そしてーーー。」
「西社夢為人です。」
筋肉隆々のいかつい男性にびっくりしたが、名刺を見て警戒心を解く。
「びっくりした。対魔師の方々でしたか。」
不敬な態度を見せた事を謝罪する梨沙。
「そっか、綾音ちゃん、亡くなったお姉ちゃんの意思を継いで対魔師になったんだね。」
「そんな事ないです。私は見習いですから。」
謙遜を口にする綾音。
その様子を遮るように夢為人が梨沙の前に立ち、色紙とペンを差し出す。
「梨沙さん。実は俺、梨沙さんの大ファンでして。写真を一枚撮らせて貰えないでしょうか?」
夢為人の行動に驚きつつも笑顔で対応する梨沙。
その様子をジト目で見つめる綾音。
(何よ、私の時はあんなデレデレした表情見せた事ないくせに。)
「おっとすいませんな。」
夢為人を後ろに追いやり、本題へ。
「実は貴女に一つ聞きたいことがありましてな。数ヶ月前の遭難事件についてです。」
「遭難、ですか?」
一瞬、視線を逸らした梨沙。
何か疾しい事がある素振りだ。
「ええ、その時の事を詳しく教えてくれませんか?」
「詳しい事、と言われましても・・・。あの時は撮影の休憩でちょっと気晴らしに散歩していたら突然霧が濃くなって。でも私の感覚では数分彷徨ったぐらいなのに数時間も経っていてみんなから心配された事以外何もありませんよ。」
「なるほど、そうでしたか。」
「どうしてそんな事を聞くのですか?」
「いや何、実はあの山には争いを嫌った妖魔が住んでいましてな。遭遇していないかと思いまして念の為話を伺った次第でして。」
「そうでしたか。私、誰とも会っていませんよ。」
そう答えた梨沙の仕草が演技にしか見えなかった。
「ちなみにそれ以降は?」
「何も変わった事は何もありませんよ。」
その後、2、3個質問をして梨沙と別れる。
「どう思う夢為人。」
「ちょっと怪しいね。」
「だな。」
車の座席に座り互いの意見を交換し合う二人。
二人共立ち去る時、一度建物の奥に引っ込んだ梨沙が険しい表情で物影から自分達を凝視していた事に気づいていたのだ。
「でどうだ?憧れの梨沙ちゃんに会えて。」
「茶化さないでくれ。くそ、じゃんけんに勝てていればこんな事にならなかったのに。」
恨めしそうに自分の左手を見る夢為人。
「綾音、トランクにあるケースからケーブルが繋がっているだろう。そいつをこっちまでもってきてくれ。」
後部座席から背伸びしてケーブルを掴み、そのまま源蔵に手渡す。
「さてさて、どんなふうに写っているかな。」
ケーブルを先程梨沙を撮影したカメラに繋げるのを見てハッとする。
「もしかして瘴痕反応ですか?」
「そうだ。」
瘴痕反応とは、特殊なフィルムを通した撮られた映像や写真から瘴気を判定する方法である。
映し出された色や濃さ、型などから色んな事が判明する事が可能。
数年前から取り入れられた捜査方法である。
トランクに置かれているケースから印刷された一枚の写真。
それを源蔵に渡して後ろから覗き見。
「コイツはまた中々の反応だなぁ。」
中央に写る梨沙の周囲には真っ赤に輝くオーラが悍ましく映し出されていた。
「かなり濃い色。それにオーラの渦も梨沙からではなく、外から内に流れている。それは外部から瘴気を浴びた――つまり妖魔と接触したことを表しているね。」
「ああ、それにこの濃さから瘴気を浴びたのは直近。つまりあの梨沙って娘に妖魔とごく最近接触しているな。」
「ではここで一つ疑問。彼女は何故俺達に嘘をついたのか?」
「洗脳、もしくは催眠で記憶を操作されたのよ。」
「綾音、証拠なき事柄に断定はいかんぞ。先入観は視野を狭め、死を招く。」
コンコン。
その時、見知らむ男が助手席の窓をノック。
「あの・・・、対魔師の方々でしょうか?」
「どなた?」
「わたくしは梨沙ちゃんのマネージャーをしております、森本と申します。」
名刺を夢為人に手渡し、周囲を見渡しながら言葉を続けた。
「あの対魔師の方々に少しお話がありまして・・・。」




